ラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ音楽祭では、数年前から「passer au présent」(「現在に向かう」とでも訳せようか。これは言葉遊びになっていて、「過去から現在へ」というふうにも解釈できる)という、現代音楽に特化したシリーズをプログラムに組んでいる。1日を一人の作曲家についやし、午前11時からは公開リハーサル、午後16時30分からは作曲家とのトーク、そして18時に、若い演奏家たちがその日の作曲家の作品を交えたプログラムを演奏するという趣向。今年は藤倉大とヨルク・ヴィドマンで、そのうち8月7日の藤倉大の1日を体験した。
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藤倉大との公開リハーサル
会場はラ・ロック・ダンテロン市内の多目的施設、マルセル・パニョルセンターのホール。公開リハでは、藤倉が『春と修羅』について時間を割いて語った。この文章を読んでいるあなたならご存知だとは思うが、念のために記すと、この曲は、恩田陸の小説『ハチミツと遠雷』が映画化された際、話の中のピアノコンクールの第二次予選課題曲として藤倉が作曲したもの。作曲にあたって、小説の音楽描写を忠実に再現し、劇中ではインプロヴィゼーションということになっているカデンツァに当たる部分は、4つのバージョンを作曲し、コンクールの候補者4人がそれぞれのヴァージョンを披露するということになっている。今回演奏するノヴァック・ドフランス Novak Defrance が選んだのは、劇中の風間塵が演奏するヴァージョン。この人物の「ピアノ吹き替え」は藤田真央。彼は8月11日にラ・ロック・ダンテロンに登場するが、私はその演奏を聴く前にこの地を離れなければいけないのが残念だった。
次いで、クラリネット、チェロ、ピアノのための「Hop」、ヴァイオリンのための「Dawn Passacaglia」、ピアノとビデオのための「Moromoro」のポイントを指導。イメージを駆使して視覚的に指摘するのは、やはり映像からの影響だろうか。
藤倉大トークショー
藤倉大は東京で「ボンクリフェス」を開催するなど、従来の枠に囚われない音を創造しようと独創的な音楽活動を繰り広げている。この日の午後、16時30分からは、ピアニストのフロラン・ボファール Florent Boffard と藤倉大とのトークショーが。その中で藤倉は、子供の頃、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンなどの作品の好きな箇所ばかりを自由に切り貼りして独自の作品に改変したエピソードを語り、「好きなように作曲する」という現在の姿勢の原点になっていると語った。彼の独創性は、作曲家が普通に通ってくる道を経ていないという点に要約されるかもしれない。クリエーションには音だけではなくあらゆる感覚を動員する藤倉。例えば、彼にとってブラームスの音楽は古書の匂いがする、と言う。また、演奏者との対話を重視し、自分が作曲した作品でも全てを知り尽くすのは難しい、演奏を聴いて新たな発見をすることもあるとし、演奏家の解釈をこれまで以上に尊重するようになったという。午前のリハーサルで若い演奏家たちに対して、「才能のある方々なので演奏も素晴らしいが、ここはこういう風にイメージして見るとさらによくなる」という旨の指摘をしばしば繰り返していたことが思い出された。
コンサートではフォーレ、ヤナーチェク、メシアン、藤倉を演奏
18時からのコンサートでは、フォーレ、ヤナーチェク、メシアンの作品とともに、藤倉大の『春と修羅』、クラリネット、チェロ、ピアノのための『Hop』、ヴァイオリンのための『Dawn Passacaglia』、ピアノとビデオのための『Moromoro』が演奏された。はじめに演奏された『春と修羅』では、ノヴァック・ドフランスが、木々にゆらめく光のような繊細な感性を披露。ヴァイオリンのサラ・ジェグー Sarah Jegou は国際コンクールで受賞、新人賞なども得ている若手だが、フォーレ(ソナタ第1番2、3楽章)でも藤倉(Dawn Passacaglia)でも、表現性はあるものの、今ひとつ全体性に欠けるきらいがあるように感じられた。チェロのロバン・ド・タルエ Robin de Talhouët は小澤アカデミーなどで研鑽を積み、パリ室内管弦楽団の共同ソリストを務めるなど活躍中の若手。広く暖かな音色が特徴だが、『Hop』や、ヤナーチェクの『おとぎ話』(2、3楽章)や、メシアンの『世の終わりのための四重奏曲』(第7楽章)などで見せる鋭いリズム感も優れている。『Hop』やメシアンでは、ガルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団他で活躍するクラリネットのニナ・レノー Nina Reynaud が加わり、音のタピスリーに多彩さが増した。最後の『Moromoro』では、ビデオとのタイミングが素晴らしく、主に水のたゆたう様子を扱った映像と、煌めくピアノがよくマッチした演奏だった。
現代の音楽を作曲家を交えて聴く機会は貴重だ。振り返れば、19世紀半ばから過去の作品を演奏する習慣が徐々に確立されるまでは、演奏会のプログラムはほとんどが「現代音楽」で占められていた。現代の動向をキャッチし、作曲家がどんな思いで曲を書いているかを目の当たりにできるこのような機会は、もっと増えるべきだろう。その意味で、ラ・ロック・ダンテロンのシリーズは非常に喜ばしいものだ。
コンサート・プログラム
D. Fujikura (né en 1977) : Spring and Asura pour piano
G. Fauré (1845-1924) : Sonate pour violon et piano n°1 opus 13, 2ème et 3ème mouvements (Andante, Scherzo : Allegro vivo)
D. Fujikura : Hop pour clarinette, violoncelle et piano
Dawn Passacaglia pour violon
L. Janácek (1854-1928) : Pohádka pour violoncelle et piano, 2ème et 3ème mouvements (Con moto, Allegro)
O. Messiaen (1908-1992) : Quatuor pour la fin du temps, 7ème mouvement (Fouillis d’arcs-en-ciel, pour l’Ange qui annonce la fin du temps)
D. Fujikura : Moromoro, pour vidéo et piano
Nina Reynaud, clarinette
Sarah Jégou, violon
Robin de Talhouët, violoncelle,
Novak Defrance, piano
Mercredi 7 août 2024, Auditorium Centre Marcel Pagnol, La Roque d’anthéron