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亀井聖矢フランスデビューリサイタル

ラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ音楽祭、2023年7月29日

par Victoria Okada
ラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ音楽祭で演奏する亀井聖矢 2023年7月29日

昨7月28日、ラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ音楽祭で、亀井聖矢がフランス初のリサイタルを行った。昨年(2022年)のロン・ティボー国際音楽コンクールで同位1位を獲得し、ガラコンサートでも演奏しているので、フランスの聴衆に全く知られていないというわけではないが、単独のリサイタルは初めて。

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国際コンクール入賞者リサイタルのトップバッターとして登場

マルセル・パニョルスポーツ文化センター

会場のマルセル・パニョルスポーツ文化センター © Victoria Okada

リサイタルは朝11時から、ラ・ロック・ダンテロン市内の「マルセル・パニョル・スポーツ文化センター」のオーディオとリアムで開催された。ここは、数年前から朝と日中のコンサートの会場として使用されており、主に若い演奏家が登場する。亀井のリサイタルも若手演奏家を紹介するコンサートの一貫としてプログラミングされたようだ。これは裏話になるが、実は亀井のフランスデビューは、オーケストラとの共演で、ロン・ティボーの本選で弾いたサン=サーンス5番が予定されていたらしい。しかし両者のスケジュールが合わず、リサイタルになったとか。
今年のプログラムでは、最近の国際コンクール上位入賞者は、それがはっきりとわかるように示されている。コンクール入賞者を聴きたいという心理はヨーロッパでも日本でも同じ。亀井聖矢のリサイタルは、これらのトップを切るもので、満席だった。ちなみにコンクール入賞者として、今年はブルース・リウ(2021年ショパンコンクール1位)、アンナ・ゲヌーシェネ(2022年ヴァン・クライバーン2位)、ケヴィン・チェン(2023年ルービンシュタイン1位、2022年ジュネーヴ1位)、ユンチャン・リム(2022年ヴァン・クライバーン1位)が名を連ねている。

会場のホールでピアニストの児玉桃さんにばったり出会った。このリサイタルだけのためにわざわざ駆けつけ、その後すぐにドイツに飛ぶのだという。彼女は前回のロン・ティボー・コンクールで審査員を務めており、その時に聴いた亀井聖矢の演奏を高く評価しているという。

ラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ音楽祭で演奏する亀井聖矢 2023年7月29日

ラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ音楽祭で演奏する亀井聖矢 2023年7月29日 © Pierre Morales

ベヒシュタイン

この日のピアノはベヒシュタイン。音楽祭期間中、ほとんどこのホール専用に置かれているピアノだ。
実は前日の午後、同じピアノである演奏を聴いていたのだが、気候のせいもあってか(暑い割には湿気が多かった)楽器がいまいち鳴らず、このピアノに対してはあまり良い印象を持っていなかった。昨年、一昨年とも同じ場所でベヒシュタインによる演奏を聴いているが(同じピアノであるかは定かではない)、全体的に響かないという印象が強かった。
しかしこの日は、ラ・ロック・ダンテロン音楽祭の初期から調律を担当している名師、ドニシュ・ド・ウィンター Denijs de Winter 氏が特に念入りに調整したという。結果、これまでの印象とは全く異なった、細やかなところまでよく行きとどいた響きを楽しむことができた。

繊細なショパン

プログラムはショパンとラヴェル。休憩なしで約1時間のリサイタルだ。まず3つのマズルカ作品59。近頃は若手でも超大曲をプログラムの冒頭に持ってくる場合が増えているが、午前中のリサイタルでマズルカのような「小品」を最初に弾いたのは無難だろう。
亀井の演奏は非常に繊細で丁寧。一つ一つの音に感情を込め、意味を持たせているように感じた。ただ、出だしでテンポが決まらない。はじめに何かを探しているような表現として故意にテンポを揺らすことはあるが、聴いている側としては、そのような意図なのか、それとも他に意図があるのか、または単なる感情の揺れなのかが掴みきれない。テンポが落ち着いてからは、ルバートも含めて彼特有の繊細さがよく汲み取れる演奏だけに、よく言えば逡巡、悪く言えば優柔不断な印象を与える出だしが、完全にしっくりこないという感が否めなかった。
そのあと幻想曲、ワルツop. 34-2、アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズと続く。
幻想曲は終結部でクライマックスへと向かう音楽的高揚が素晴らしい。これまでにも曲中で幾度となく見せたダイナミズムが頂点に達し、聴衆はいやようにも彼の奏でる音楽に引き込まれてゆく。横溢するエネルギーが静まったあとのコーダの最終部分では、急にテンポを落として静寂を強調するのだが、そのバランスが完全に消化されず微妙に間が延びるのが気になった。とは言え、ドラマトゥルギーという面で全体的に大変によく構成されており、物語性が感じられる演奏だった。
ワルツとアンダンテ・スピアナートでも、マズルカで感じたように、出だしのテンポの不安定感が払拭できなかった。これがクセになってしまわないと良いのだが。

ラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ音楽祭で演奏する亀井聖矢 2023年7月29日

ラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ音楽祭で演奏する亀井聖矢 2023年7月29日 © Pierre Morales

豪奢なラヴェル

最後の2曲はラヴェルで、亡き王女のためのパヴァーヌとラ・ヴァルス。ここでも、技巧もさることながら、全体を俯瞰した構成がうまい。細部にこだわってはいるが、こだわりすぎて全体観が失われるということはない。この辺りになってくると楽器も演奏家の特徴に馴染んでよく応えているのがわかる。また、楽器の反応がいいので会場の響きもどんどん良くなっている。それを聴いた聴衆がさらに敏感に反応し、これが演奏に反映されるという、良い循環環境が出来上がっている。亀井はオーケストラ的なこの曲を色彩豊かに豪奢に演奏し、聴衆を釘付けにした。ブラヴォーがあちこちから聞こえ、やがて客席は総立ちとなった。素晴らしいフランスデビューリサイタルだ。

2曲のアンコール

熱狂する聴衆に応えて、亀井聖矢は2曲のアンコールを演奏した。まずリストのラ・カンパネラ。テクニック面では申し分ないし、この曲でもクライマックスへの高揚が見事だ。
再びのブラヴォーとスタンディングオヴェーション。
2曲目はなんとバラキレフのイスラメイだ。元々のプログラムそのものは決して軽いとは言えないが、その後でイスラメイとは。そのスタミナには驚くばかりだ。もちろん聴衆は大喜び。いつまでも拍手が鳴り止まなかった。

終了後、大満足の音楽監督 ルネ・マルタン René Martin 氏に呼ばれてサイン会へ。日本ではサイン会というのはいわく付き(時に危険)なのだと聞いたが、ヨーロッパでは全くそんなことはない。初めての演奏家でも、感動したから素直にそれを伝えたい、という人がサインを求めに来るのだ。演奏家と一言二言かわし、場合によっては一緒に写真を撮って、皆喜んで帰途につく。
サイン会の間、児玉桃さんとしばし懇談。彼女も大変にご満足の様子。他にも、マネージメントやコンサートの関係者が何人か来ており、高い評価を寄せていた。

このリサイタルが、フランス、さらにヨーロッパでの活動のきっかけになることを願ってやまない。

リサイタル終了後、音楽監督ルネ・マルタン、ピアニスト児玉桃、映像・音楽監督のフランソワ=ルネ・マルタン各氏と。© Victoria Okada

 

Programme

Frédéric Chopin (1810-1849) :
Trois Mazurkas opus 59
Fantaisie en fa mineur opus 49
Valse en la mineur opus 34 n°2
Andante spianato et Grande Polonaise brillante en mi bémol majeur opus 22
Maurice Ravel (1875-1937) :
Pavane pour une infante défunte
La Valse

亀井聖矢 ピアノ
ラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ音楽祭、2023年7月29日

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今年のラ・ロック・ダンテロン音楽祭のレポートはこちら
その1
その2
その3

去年のレポートはこちら

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