Accueil レヴュー舞台コンサート 仏ブルターニュで藤倉大の尺八協奏曲が初演

仏ブルターニュで藤倉大の尺八協奏曲が初演

par Victoria Okada

昨4月28日、フランス、レンヌ市で、英国在住の作曲家 藤倉大の尺八協奏曲が初演された。尺八は藤原道山。オーケストラはレミ・デュリュ指揮国立ブルターニュ管弦楽団

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海と航海にちなんだプログラム

今回の尺八協奏曲は、ブルターニュ出身の写真家で海中の植生などを撮影し続けているニコラ・フロック Nicolas Floc’h の写真を見たフェルドマンが、これらにしっくりくる音楽を探す中で、藤倉大に作曲を依頼したことが始まり。そして、「航海日誌 Journal de bord」と題して、海と航海にちなんだ作品を集めたプログラムを構成した。プログラムでは、藤倉の新作の他に、メンデルスゾーンの『静かな海と楽しい航海』、そのあと休憩を挟んでグレース・メアリー・ウィリアムス Grace Mary Williams (1906-1977) の『シースケッチ Sea sketches』と、ブルターニュ出身で海軍士官でもあったジャン・クラ Jean Cras (1879-1932) の『航海日誌 Journal de bord』。世界初演の尺八協奏曲はもとより、メンデルスゾーン以外はほとんど聴くことがない作品ばかりだ。

 

尺八協奏曲

尺八協奏曲では、西洋の楽器によるオーケストラと、日本の伝統楽器の尺八が、面白いことにほとんど区別がなくなるほど一体化し、時には尺八が、時にはオーケストラ全体が、またはそれぞれの楽器が、湧き出しては消えていく。それはあたかも海面に波がたち、やがて大洋に戻っていくかのようだ。尺八特有の息遣いが、振り子のように増幅されたかのごとくオーケストラで拡大されたり、逆に管楽器や弦楽器が尺八と同じモチーフを変化させながら尺八に畳み掛けるように返答したりと、曲全体を通してさまざまな対話が行われる。それはどこで始まってどこで終わるのかわからない。
尺八が音を出さずに息を吹き込んだり、弦が波のざわめきのような音を出したり、管楽器が海に棲む生き物や、空や大気の様子とも取れる音を奏でたりと、聴いているといろんな光景が思い浮かんでくる。しかしそれは、例えばメシアンが鳥のさえずりを採譜して音楽に置き換えたというような、自然を模倣して描写する音楽では決してない。むしろ、昔からそこにあって、これからもそこにあり続ける海、風、大気、そして匂いまでもが、ふとそのまま切り取られて、藤倉大という作曲家のプリズムを通して音楽に置き換えられ、自然に鳴っている、というのが、聴き終わっての第一印象だった。

 

通常の尺八のイメージを破る演奏

尺八の藤原道山は、音域が異なる2本の楽器を使い分け、普段私たちが想像するような「尺八とはこんな音」というイメージをかなり破る演奏を披露した。先述したように、オーケストラの楽器とほとんど区別がつかない音もあれば、尺八という楽器独自の音を自然に活かして詩的な空間を作り出すところもある。袴姿の奏者がオーケストラの前に立つ光景は、フランスの聴衆にはエキゾチックと映るだろうし、それによって聴き方が左右される可能性はある。しかし、休憩時間やコンサート終了後の会話からは、故意に「書かれた」という印象を受けない曲の自然さと、技巧を披露するのではない「哲学的な」演奏が素晴らしかったという声が聞こえてきた。それは、多くの人の印象でもあるのだろう。

 

「演奏家ありき」

演奏会に先立って行なったインタビューで(近日中に掲載)、藤倉氏は、ソリストとオーケストラの凌ぎ合いではなく、ソリストを中心にして、オーケストラがソリストの長所を最大限に引き出してオーラのような存在となることが、協奏曲というジャンルに対して持っているコンセプトだと語った(要旨)。また、細かい指示は書き込まず、演奏家のイマジネーションに任せているという。「僕の曲は全て演奏家ありきですから」と言う藤倉氏の言葉に、心から納得できる快演だった。

 

斬新な視点が面白いニコラ・フロックの海中写真

舞台奥のスクリーンに映し出されるニコラ・フロックの海中写真は、言わなければそれが海中の様子を撮影したものだとはわからないような、斬新な視点が面白い。藻が、まるで怪物や、最新の都市建築に見えたりする。また一方では、波が海底の砂に描く模様が、禅寺の砂庭のようにも見える。ニコラ・フロックは、日本の海、とくに下田の海を何度もカメラに収めており、このコンサートでも日本の写真が何枚か投影されたとのこと。
コンサートで映し出されたりオペラの演出に使用される映像は、ともすると存在感が強すぎてそちらの方に目がいき、音楽を聴くことがなおざりになることも少なくない。しかしこの夜は、写真が音楽の妨げになることなく、程よくマッチして良い効果をあげていた。

 

メンデルスゾーン、ウィリアムス、クラ

その他の曲の感想を手短かに記しておくと、メンデルスゾーンは最初の出だしの和音が驚くほどまろやかで坐り直すほどだったが、快活な部分で全体的に精気に欠け、スケルツォでそれが顕著だったのが残念。ウィリアムスは、1944年に弦楽オーケストラのために書かれた5曲からなる組曲。戦後の1947年、BBCウェールズ交響楽団(現BBCウェールズ・ナショナル管弦楽団)が初演している。題名の通りさまざまな海の様子を叙情的な物語のように表現した聴きやすい作品。第1曲 High Wind の歌うような旋律や、第3曲 Channel Sirens の得体の知れないような不協和音、第4曲 Breakers の絶え間ないリズムなど、変化に富んだ表情を生き生きと表現していたのが印象的だった。最後のクラは、最近になって演奏や録音の機会が与えられた作曲家だ。演奏中、最近再オープンしたばかりのアルベール・カーン博物館Musée Albert Kahnの歴史的写真アーカイブ「Archive de la Planète (地球アーカイヴ)」の中から、航海の様子を撮影したいくつかのモノクロおよび着色写真を投影した。海軍士官だった彼が残した作品は大変に少ないが、『航海日誌』はオーケストレーションに長け、演奏もイマジネーションの豊かさがうかがい知れる充実したものだった。
指揮者レミ・デュリュ Remi Duruptは、もともと予定されていた指揮者が演奏会の数日前に出演できなくなり、急遽代役で世界初演を成功に導いた。世界初演曲と、めったに演奏される機会のないこれら2曲を短期間のうちに見事に仕上げた彼の力量は特筆に値する。

ジャン・クラの『航海日誌』では、当時の航海の写真が投影された。フランス、レンヌ、Couvent des Jacobins、2022年4月28日 © Cyril Andres

 

国立ブルターニュ管弦楽団

ブルターニュ地方の首都レンヌ Rennes を本拠とする国立ブルターニュ管弦楽団 Orchestre national de Bretagne は、音楽監督のマルク・フェルドマン Marc Feldmanが地方性と多様性を前面に打ち出したユニークなプログラミングを組んで注目されているオーケストラ。その一環として積極的に作曲家に新曲を依頼し初演している。この4月には、新作の依頼から演奏までをよりたやすく実現するために、フェルドマン他の提唱で、同規模の5つの地方オーケストラの連盟でつくるコンソルティウム・クレアティフ Consortium créatifという団体を発足させた*。このことからも現代の音楽の動向を非常に重視していることがうかがえる。

*国立アヴィニョン・プロヴァンス管弦楽団、国立ブルターニュ管弦楽団、国立カンヌ管弦楽団、ミュルーズ・シンフォニー管弦楽団、ピカルディ管弦楽団=国立オー・ド・フランス地域圏管弦楽団。新作の作曲とその演奏のために生ずる費用を分担し、少なくとも5つのオーケストラが本拠地とその周辺で新曲披露演奏会を行うことで、多くの人に作品を聴いてもらう機会を与えようというもの。プロジェクトによっては他のオーケストラやアンサンブルが加わることもある。現在すでに複数の拡大プロジェクトが進行している。

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プログラム

Dai Fujikura – Concerto pour shakuhachi (création mondiale)
Felix Mendelssohn – Mer calme et voyage prospère, Op.27
Grace Mary Williams – Sea Sketches
Jean Cras – Journal de bord

Orchestre National de Bretagne
指揮 Rémi Durupt
尺八 藤原道山
フォトアートディレクター Florence Drouhet

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