Accueil レヴュー舞台コンサート クラウス・マケラ、パリ管でフランス音楽を振る

クラウス・マケラ、パリ管でフランス音楽を振る

par Victoria Okada

ラヴェルエディションによる『左手のための協奏曲』をピエール=ローラン・エマールが熱演

次のラヴェルの『左手のための協奏曲』は、3年ほど前から刊行が続いている新ラヴェルエディションを使ったもの。この版は、これまで独占的に流通していたデュラン社の楽譜にある誤りや誤植を、ラヴェルの自筆譜、初演当時に使用された楽譜、演奏家が個人的に所有していた非公式の印刷楽譜(デュラン社が独占権を得る前に出版前の試し刷りとして印刷されたものなど)や、その他の一次資料をもとに、指揮者、ピアニスト、音楽学者による読譜委員会で検討されたもの。現時点でもっとも信頼できる版として、これまでに『ボレロ』『ピアノ協奏曲ト長調』『左手のためのピアノ協奏曲』『展覧会の絵』『ツィガーヌ』が出版されている(『ボレロ』『ピアノ協奏曲ト長調』以外はパート譜のみ)。

ラヴェルの『左手のための協奏曲』を演奏するピエール=ローラン・エマール。© Cédric Alet

『左手のためのピアノ協奏曲』は、楽譜を熟知していない限り、一度聴いただけでは旧版と新版との違いはさほどわからない。この日のピアノは巨匠ピエール=ローラン・エマール Pierre-Laurent Aimard。これまでその場で聞いた配信用の無観客コンサートに共通するのは、まさに精魂を込めて演奏しているということ。エマールも例外ではなく、その気迫たるや凄まじいものがあった。冒頭部のカデンツァ部分の和音は、ほとんど鷲掴みにして楽器の底から鳴らしている。全体的に骨太でがっしりとした解釈だが、同時に穏やかな語りかけや細やかな表情も十分聴かせてくれる。最後のカデンツァでは息遣いが凄まじく、2階席でもまるですぐそばにいるようにリアルに聞こえたのだが、配信では全く聞き取れない。マイクの具合か、または配信用にミキシングが施されているのだろうか。音源として純粋に音楽的な、理想的な音を追うのは理解できるが、コンサートならではのこのようなハプニング的な音(雑音も含めて)も聞けるとよいのだが。

ブーレーズの『水の太陽』を歌うクリステル・ロッチュ © Cédric Alet

クリステル・ロッチュの超人的な歌いぶり

続いてのブーレーズの『水の太陽 Le Soleil des eaux 』(1965年版)は、ルネ・シャールの詩に作曲されたカンタータ。メゾソプラノのクリステル・ロッチュ Christel Loetzsch の有無を言わせぬ名演が素晴らしかった。曲はソプラノ、合唱とオーケストラのために書かれているが、ソロは音域が非常に広く、これをカバーできる歌手は余り多くはない。ロッチュはメゾながらキレのある高音もこなし、音程が常に飛躍する至難の楽譜を精密な正確さで歌える数少ない歌手だ。その上フレーズごとにニュアンスを細かく歌い分けている。その名人芸には脱帽するしかない。合唱(アクサンテュス Accentus)は詰めが荒く、歌詞の発音にも曖昧な部分が多く残っており、残念ながらロッチュとの不均衡が目立つ。ただロッチュがあまりにも見事なのでそれに圧倒されていやでも聴き劣りがするとも言える。

プログラムの最後はドビュッシーの『海 La Mer 』だ。ここでは動作としてのマケラの指揮ぶりに見入ってしまった。締めるところはきちんと締めつつ、自由がきくところはオーケストラに任せている。腕や手のうごきは明瞭で、初めて彼の指揮で演奏しても十分についていけそうだ。そして何より、オーケストラが生き生きと鳴っている。コンサートの最初に感じた音楽的な相性の良さを再び確認できる演奏だ。その場で聴くと、マケラの指揮とそこから出てくる音の関係が明確につかめ、今一度彼の才能に感服させられる。この若さでこの指揮。将来どんな大器となるのか今から楽しみだ。

 

余談だが、パリ管の前音楽監督ダニエル・ハーディング Daniel Harding が、1995年、パリのシャトレ劇場でのバーミンガム交響楽団の演奏会で、サイモン・ラトルの代役として急遽登場した時や、1998年のエクサンプロヴァンス音楽祭でピーター・ブルック演出の『ドン・ジョヴァンニ』を振った時に、フランスの音楽評論家がこぞって若さを皮肉った意地悪な記事を書いていたことを思い出す。マケラは今、『ドン・ジョヴァンニ』当時のハーディングと同い年だが、彼の歳を皮肉った記事は皆無だ。彼の実力はもちろんのこと、伸びが目覚ましい若い世代を積極的に受け入れようとする姿勢が定着したとも言える。喜ばしいことだ。

この日のコンサートのリプレイはこちらから視聴可能。

 

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