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アンソン弦楽四重奏団の新CDリリース演奏会

par Victoria Okada

アンソン弦楽四重奏団 Quatuor Hanson の新しいCDが10月末に発売となり、11月10日、サル・コルトーでリリース記念演奏会が行われた。会場は彼らの友人、プロダクション・音楽関係者を含め、若い年齢層の聴衆で埋まった。

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「全ての猫は灰色というわけではない」

最近、世界最高峰級の若い室内楽グループが続々と誕生しているフランス。その25〜35歳の一番若い世代でも、しっかりとした技術とオリジナリティとを兼ね備え、最も注目を引くのがアンソン弦楽四重奏団だ。2019年リリースの初CDであるハイドン弦楽四重奏傑作集は、年間のディアパゾン・ドール Diapason d’or 賞(音楽雑誌 Diapason 誌の年間最優秀CD賞)を獲得し、その名と実力が一気に広く知れ渡るようになった。

2番目のCDの題はNot all cats are grey。直訳すると「全ての猫は灰色というわけではない」。かなり変わったタイトルだが、これは夜をテーマにしたプログラムに関係がある。夜の暗闇の中では猫は皆灰色に見えてもともとの色を見分けられにくいのと同様に、近現代の音楽も同じ色で扱ってしまう傾向があることをほのめかしている。しかし「全ての猫は灰色というわけではない」。それぞれの音楽には固有のキャラクターがありますよ、それをお聴かせしましょう、と言っているのだ。では灰色一色ではないプログラムとは? ジェルジュ・リゲティの弦楽四重奏曲第1番「夜の変容」、ベラ・バルトークの弦楽四重奏曲第2番op. 17, Sz 67、そしてアンリ・デュティユーの弦楽四重奏曲「夜はかくの如し」。どれも20世紀の傑作だ。初録音にハイドンというのもかなり度胸が強いが、このような曲をハイドンの後に録音するというのも、このグループの独自性と視野の広さを物語っているといえよう。

 

和気あいあいとしたリリース記念演奏会

この夜の演奏会では、デュディユーの代わりにドビュッシーの弦楽四重奏曲を披露した。曲の順番も、まずバルトークから入って、リゲティの後に短い休憩を挟んでドビュッシー。
コンサートが始まって4人が出て来ただけで拍手がしばし鳴り止まず、一旦座った彼らが、再び立ってお辞儀をしたほどだ。観客の中にはパリ音楽院の同級生や、同じ世代の音楽家などが多く見受けられる。拍手と掛け声で同僚を応援しようというかのような、和気あいあいとした雰囲気の中で第1ヴァイオリンのアントン・アンソンが簡単な挨拶し、コンサートが始まった。

 

Quatuor Hanson © Rémi Rière

 

練達の室内楽団

いったん音が鳴り始めると、会場は水を打ったように静かになり、皆、音楽に吸い込まれるように聴き入っている。
彼らの演奏の特徴は、ダイナミックでコントラストが強いこと。加えて、どの音にも意思が感じられ、優柔不断なところがない。バルトークやリゲティのように高いリズム感が要求される音楽では、どこかで気が抜ける部分がありそうだが、彼らは終始神経を研ぎ澄まし、一音ともおろそかにしない。万華鏡のようにめくるめく変化するフレーズやモチーフが、そのまま万華鏡のように奏でられる。息つく暇がない演奏だ。
もう一つの特徴は、休符が驚くほど効果的に扱われていることだ。楽譜上は同じ八分休符でも、時にはかなり長く、別の場所ではさらっと流すようにと、表情豊か。とくに、休符を長めにとって、息を呑み、次に何が出てくるのだろうかと聴衆を待たせる音楽性は、見事というほかはない。
音質は相対的に明るく、曇りがない。それをベースに、陰を含めたり、柔らかさを加えたり、輝きを持たせたりと、色彩の幅が非常に大きい。弱音器の使い方も効果的。弱音器をつけたまま ff で弾くなど、音色の探求が伺える。
例えばドビュッシーの第一楽章の密で濃い音と、断固とした弓さばきは、ドビュッシーはパステル色の音で柔らかい音楽だと思っている人には(そういう演奏をする音楽家は今でも大勢いる)、ある意味でショッキングかもしれない。かと言って、その音はアグレッシヴでは全くない。そのあたりは紙一重で、どちらにも倒れそうな、それでいて倒れない微妙なバランスが自在に保垂れている。これにはかなりな熟練が必要だと想像するに難くないが、ともに音楽を創り出して8年たち、それぞれがお互いの音楽を知り尽くしているのだろう。メンバーはまだ若いもの、室内楽団としては練達し、4つの楽器が理想的に溶け合っている。
同じくドビュッシーの第3楽章や、バルトークとリゲティの緩徐楽章では、他の楽章との曲想の対比が見事で、全く異なった音を聴かせる。とくにドビュッシーで聴かせる音の柔らかさは現実離れしていて聴き入ってしまう。その音色の「柔らかさ」は「軟かさ」ではなく、浮いたものではなく、あくまで芯が通っている。その音色はフランス音楽に特有で、その捉え方も、フランス人ならではかもしれない。かつて指揮者のパーヴォ・ヤルヴィがパリ管の音楽監督に就任したての頃、インタビューでフランス音楽について質問した時に、「パリ管は多くのドイツ人指揮者のもとで演奏してきたので素晴らしくドイツ的な音を出すが、いったんフランスものを演奏し出すと、音色が全く変わってフランス特有の音色になる。これは他の国のオーケストラには真似できない」という旨の答えが返ってきたが、「フランス特有の音色」は今夜のコンサートでも聴くことができた。

 

Video : Romain Al

全プログラムを終えると、喝采に加え、声援が飛び交った。第二ヴァイオリンのジュール・デュサップが CD の制作に関わった人々とこの夜の聴衆にお礼を述べ、アンコールにハイドンの弦楽四重奏第 44 番変ロ長調 Hob.III : 44 の終楽章を演奏。この曲も休符がジョークのような面白さをつくっている曲だ。はかなり早めのテンポで、曲の最後の方の休符をかなり強調し、ユーモア効果抜群に仕上げた。
演奏家たちの若いエネルギーと聴衆の友好的なエネルギーが溶け合い、日常的な自然さで音楽をすることの喜びが溢れた演奏会だった。

 

プログラム

Béla Bartók : Quatuor no. 2
György Ligeti : Métamorphoses Nocturnes
Claude Debussy : Quatuor à cordes 

10 novembre 2021, Paris, Salle Cortot 

 

 

 

 

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