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パリ室内管弦楽団、マレ地区の庭園で野外コンサート

par Victoria Okada

パリ室内管弦楽団 Orchestre de Chambre de Paris がマレ地区、ヴォージュ広場に隣接する17世紀の屋敷、シュリー館 Hôtel de Sullyで野外コンサートをするというので行ってきた。

パリ室内管は40年ほど前にパリ管弦アンサンブル Ensemble orchestral de Paris として創設された、団員が約40人のいわゆる「モーツァルト型」のオーケストラ。病院や刑務所での演奏、社会的困難を抱える地域や移民の人々を対象にして音楽を通したクリエーション(移民の人々の母国の歌などを採集し、それをモチーフにして新しく作曲された作品で音楽ショーを披露したこともある)など、社会参画を活発に展開することで知られている。
同オケは都市封鎖が解禁になってからは病院や高齢者用医療滞在機関(いわゆる医療介護つき老人ホーム)でミニコンサートを行ってきたが、7月11日と12日のコンサートは都市閉鎖解禁後初めての、入場料をとっての「通常」の聴衆向けの演奏会。とはいっても普段シャンゼリゼ劇場で定期演奏会を行っているオーケストラにとって、野外コンサートは完全にイベント。開始前に各来賓席に貼られた紙をちらっと見ると、経済界や実業界の大物の名前もあって、このコンサートが特別な重みを帯びていることがわかる。実際、アンヌ・イダルゴ パリ市長(6月末の全国市長選挙で再選されたばかり)や、同管弦楽団の会長を務める元オペラ座バレエ団団長のブリジット・ルフェーヴル氏などが列席していた。イベント的なコンサートが政治社交の場であることは(市や県や国のレベルだとなおさら)何度も目にしているので、今更驚くことでもないけれど。

ここからは会場の様子とその他雑感で読むとかなり長くなるので、コンサートだけに興味のある人は飛ばして次に行ってくださいね。

17世紀建造のシュリー館
会場となったシュリー館は17世紀はじめに建造された貴族の館で、日本の重要文化財に相応する Monument historique (歴史モニュメント)に指定されている。ルイ13世の時代、ロワイヤル広場(または王の広場。Place Royale。現在のヴォージュ広場)の建設と密接に関わっている。広場に相当する場所は、1559年にフランス王アンリ2世が事故で亡くなってから放置されていたが、1605年からやっと Place Royaleとして整備が始まった。その際、正方形の広場を囲むように建設されたギャラリー(その一角にはのちにヴィクトル・ユゴーが住んでいた家があり、博物館になっている)から入れる、大きな庭を擁する豪奢な館がシュリー館だ。庭は幾何学的な植栽のフランス式庭園。
コンサートはその庭で行われた。庭を突っ切った奥にある数段の階段を登ると、コの字型の館に囲まれるように大きなテラスがある。その右の一角に設置された三角形の舞台にオーケストラが置かれ、テラスの残り部分の座席の大部分は来賓席。各座席は規定にしたがって前後左右1mの間隔があけれらている。庭園には椅子の他にデッキチェアがたくさん置かれ、コンサート開始20分ほど前にはすでに満席となっていた。チェアを最大限に伸ばしてほとんど寝そべった状態の人、ゆったりと腰を下ろして友人と談笑する人などなど、ヴァカンス気分が漂っている。服装だって完全にヴァカンス。タンクトップの女性や短パンにスニーカーという男性も多い。野外というので気軽に出かけられる利点があるが、一般的にフランスでのコンサート時の服装は日本で考えられているほど窮屈なものではないのだ。(ただしドイツ語圏に行くと状況が変わるのであくまでフランスでは、という話。)

野外コンサート
屋外のクラシックコンサートは以前から思ったよりずっとたくさん行われていたが、今の状況下でなんとか開催が維持された音楽祭は、屋外に変更するケースが相次いでいる。(追記。ちなみに7月17日にはイル・ド・フランス国立管弦楽団が、フォンテーヌブロー城の楕円形中庭、つまり屋外でベートーヴェンの『フィデリオ』序曲と交響曲第3番をスペランツァ・スカプッチの指揮で演奏。ヴェルサイユの「王の菜園」音楽祭など、屋外に絞った新しい音楽祭も生まれている。)リラックスして聞けるこのような演奏会は、クラシック音楽に対して持っている先入観(垣根が高いとか、服装などの決まりがややこしいとか、値段が高いとか)を取り払って、身近に感じられることができるんじゃないかと思うので、これからもどんどんやってほしい。ちなみにこのコンサートは確か15ユーロだったと思う。日本円だと2000円以下。お値段もフレンドリー。座席数は、コンサート終了後に聞いたところ、通常500だが今回は250だったそうだ。

© Jean-Baptiste Millot

さてここからいよいよコンサート評に入ります

プログラムとタイミング
オールモーツァルトプログラムで、『フィガロの結婚』序曲、フルートとハープのための協奏曲、『Les Petits Riens』序曲、ピアノ協奏曲第9番変ホ長調「ジュノーム」。それに加えてアンコールにピアノ協奏曲ハ長調K467の第二楽章。指揮はラルス・フォークト
正直言って長い。仏独共同の文化専門テレビ局Arteが生中継していた(replayあり)ので、機材の調整に時間を取られることを考慮しても、1曲終わるごとに楽器などの入れ替えがあって、待ち時間が長いのだ。プログラムには「予定時間1時間15分」とあるが、最終的には2時間かかった。前の数日間は真夏日だったのに、この日はなぜか急に風が強くなって、座りっぱなしで聞いているともう寒くて寒くて凍えそうだった。暑すぎす寒すぎず風も雨もないのどかで完璧な天候でない限り、野外コンサートは、聴衆の立場に立った舞台変更が少ないプログラム構成にすることは大事だと思う。しかし普段からパリ室内管のコンサートは1曲ごとに舞台変更をすることが多い。そういう伝統があるのかもしれない。

フルートとハープのための協奏曲
この夜のテーマは「モーツァルトとフランス」。最初の『フィガロの結婚』(革命前夜に活躍したボーマルシェの戯曲を元にしたオペラ)序曲はイントロ的に難なくこなす。コの字型の建物の壁が共鳴板の役割を果たし、音は思ったよりは散らない。次のフルートとハープの協奏曲は、1778年のパリ滞在時に作曲された。フランス放送交響楽団の首席フルート奏者のマガリ・モニエと、アンサンブル・アンテルコンタンポランのハープ奏者のヴァレリア・カフェルニコフのソロ。所属団体を考えるとこの二人の顔合わせはどちらかというと珍しい。モニエのおおらかな叙情性とカフェルニコフの正確さが微妙に合間っていい演奏をしていた。なぜか2匹の猫がじゃれ合っている光景が思い浮かんだ。アンコールに『魔笛』からパミーナのアリアAch, ich fühl’sのフルートとハープ用編曲。

モーツァルト作曲のバレエ音楽
次の『Les Petits Riens』は訳すと「取るに足らないもの」というような意味になる。フランスのクラシックバレエの基礎を築いた一人、ジャン=ノエル・ノヴェール Jean-Noel Noverre の依頼で、1767年に彼がウィーンで発表したバレエをもとにモーツァルトが新しい音楽を作曲した、「パントマイムバレエ」だ。ちなみに史上初のパントマイムバレエ(Ballet-Pantomime, アクションバレエ Ballet d’actionとも呼ばれる)は1761年のグルックの『ドン・ジュアンまたは石の饗宴』(Don Juan ou Festin de pierre グルックは翌年1762年に『オルフェオとエウリディーチェ』を作曲している)というから、モーツァルトは時代の最前線にいたといえる。彼がバレエ音楽を作曲したことはあまり知られていないが、1778年の初演時には同時に上演されたピッチーニのオペラがあまりにも退屈だったこともあり、大好評を得たという。今回演奏された序曲は5分ほどの小曲で、ロココ趣味舞曲とでも言える優雅な作品。演奏も「良き趣味 bon goût」でこじんまりとまとめていた。ただこの曲が終わる頃には、音楽を存分に楽しむよりも吹く風から体温を維持のがやっとという状態。この寒さの中、最後まで持つだろうか?

フォークトによる弾き振り
この日のメインは最後のピアノ協奏曲第9番。ラルス・フォークトはドイツものが素晴らしいピアニストで、パリ室内管が主催する「弾き振りアカデミー」の音楽監督も務めていることもあり、2019年のシーズンから同オケの指揮者に就任している。彼の演奏でいつも感心するのは、フレーズがさっぱりと明瞭で、いらないものを省いて楽譜の真髄に迫るような音楽を聞かせてくれることだ。まさにそのようなアプローチが必要になるモーツァルトの音楽(ピアノ協奏曲「ジュノーム」)で、フォークトは、ところどころ簡単な装飾や変更をつけながら、各フレーズを二つと同じものなく弾いてのけた。オケに比べてピアノがよく響く。私はテラスの招待席にいたが、舞台から中庭をはさんで向こう側の最後列ではピアノがすっと浮き上がって美しく聞こえたそうだ。以前から、楽器を効果的に鳴らすのは彼の長所の一つだと思っていたが、野外でもそれが発揮されていた。
アンコールが終わる頃にはもう手先足先の感覚がなくなっていた。
コンサートの模様はこちらから見ることができます。

ちなみに下はロックダウン中に配信された「ジュノーム」の第3楽章。

おまけ。パリ室内管の楽器について。
パリ室内管の大部分はモダン楽器だが、管楽器の一部がピリオド楽器と呼ばれるもので、特にホルンはナチュラルホルン。かつて前音楽監督のダグラス・ボイド(もとはむちゃくちゃうまいオーボエ奏者)にインタビューした際、折衷は歴史を見ていくと普通に行われてきたので違和感はない、という意味のことを言っていた。全体的な響きは特に弦が艶のあるモダン。普段のコンサートではチェロ以外の団員は立って演奏することも多いが、この日は座っての演奏。管楽器は吹くときだけ立っていた。

パリ室内管弦楽団 夏のコンサート

8月21、22日 フランス国立図書館フランソワ・ミッテラン図書館前庭 ペルネット・カンパニー(ダンス)とのコレグラフィック・クリエーション。入場無料。
8月27日 パリ花公園(Parc floral de Paris) クラシック・オ・ヴェール(緑のクラシック)音楽祭
9月4、5日 Enclos des Gobelins (パリ13区)都市閉鎖で延期になっていた前音楽監督ダグラス・ボイドのさよならコンサート。
詳細はパリ室内管弦楽団のサイトをご覧ください。

photo © Orchestre de Chambre de Paris

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