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リール・ピアノ・フェスティヴァル レポート

par Victoria Okada

オープニングコンサート

毎年テーマがあるフェスティヴァルだが、今年はこれといったテーマはなく、鍵盤楽器で奏でられるさまざまな音楽を楽しもうという趣向。主となるのはクラシックだが、ジャズありインプロヴィゼーションありラテンありアマチュアによるコンサートありと、例年になく多彩だ。

開幕コンサートは、6月8日金曜日21時より、フランスのピアニスト、クレール=マリー・ル=ゲ Claire-Marie Le Guay を迎えてのレクチャーコンサートだった。第一部では、シューマンのピアノ協奏曲の要所を、オーケストラを交えて、楽章ごとに誰にでもわかりやすく解説。第二部で解説済みの曲を通して聴く。オケはもちろんカサドシュ氏指揮リール国立管弦楽団。クレール=マリー・ル=ゲは、ニコラ・アンゲリッシュ Nicholas Angelich やピオトル・アンデルシェフスキ Piotr Anderszewski、アレクサンドル・タロー (Alexandre Tharaud)、フランソワ=フレデリック・ギィ François-Frédéric Guy) などと同世代で、デビュー当時は、フランスピアノ界の期待の新星だった。現在は演奏活動を続けながらも教育活動にシフトを変えている。この日の演奏は、残念ながら素晴らしい演奏とは言えず、オーケストラとの掛け合いも時折不確か。叙情的な美しさや繊細さはあるものの、音楽のつくりに納得できるほどの一貫性がなく、終始音符を追っているような印象を受けた。加えて、オーケストラも絶好調というにはほど遠く、全体的にぎこちなさが残る演奏だった。ただ、危なくなっても決して崩れないのはさすがプロ。聴衆は、第一部での明快な解説で曲に近づくことができ、今学んだばかりの「鍵」を抑えながら生の演奏を聴いて盛んな拍手を送っていた。どうすればクラシックがより多くの人々の中に手の届きやすい音楽として根付いていくのかをよく物語るコンサートだった。


デュオ・ヤテコクによる
The boys

デュオ・ヤテコク Duo Jatekok は、パリ音楽院で学んでいたナイリ・バダル Naïri Badal (左)とアデライード・パナジェ Adélaïde Panaget (右)が2007年に結成したピアノデュオ(4手連弾、2台ピアノ)。デュオの名前は、ハンガリーの作曲家クルターグ Kurtág György の子殿もための曲集 Jatekok から取られてる。2011年にローマ、2013年にヘントのピアノデュオ国際コンクールで受賞。クラシックから現代曲まで幅広いレパートリーを誇っている。エピソードとして、よく「あなた方は姉妹ではないんですか?」と聞かれるそうだが、最近では問われる前に「私たちは姉妹ではありません!」と言うとか。

さて、デュオ・ヤテコクは今年初めにアルファレーベルからその名も « The boys »なるアルバムをリリースした。20世紀前半に活躍したアメリカのピアノデュオ、The boys (Arthur Gold, Robert Fizdale) へのオマージュだ。

プログラムは、The boys が弾いていたデイヴ・ブルーベック Dave Brubeck の « Points on Jazz (ポインツ・オン・ジャズ) » を中心に、彼が一時師事していたダリウス・ミヨー Darius Milhaud の « Scaramouche (スカラムーシュ) »、ミヨーと同世代のフランシス・プーランク Francis Poulenc の《二台のピアノのためのソナタ》、そして現代を代表して、1974年生まれのフランスのジャズピアニストで作曲家、バティスト・トロティニョン Baptiste Trotignon の « Trois Pièces (3つの小品) »。どの曲もリズムが特徴で、それぞれ独特の雰囲気を持った曲ばかり。ブルーベックの曲を演奏するにはクラシックとは異なるアプローチが必要と感じた彼女たちは、トロティニョンに特別にコーチを受けたという。最近、とくに若い世代の好奇心旺盛なクラシックの演奏家がジャンルの垣根を超えて縦横に活躍するケースが増えている。異分野を学ぼうとする姿勢は芸術には常に存在していたが、彼女たちのアプローチはそれに加えて現代の潮流に沿ったものでもあると感じる。ちなみにトロティニョンもオーケストラ曲を作曲し、フランス放送フィルハーモニー管弦楽団によって今年3月16日に世界初演された。

演奏はダイナミックな中に繊細さを兼ね備えたフレッシュなフィーリングあふれるもので、聞いていて気持ちが良い。弾いているときの表情も実に楽しそうだ。音楽、つまり「音を楽しむ」ことを体現しているような弾きぶり。しっかりとしたテクニックに裏付けられたリズム感に富んだ演奏は、トロティニョンでよく発揮されている。第1曲は、ミニマルミュジーックにも通じるような反復されるモチーフが特徴。2曲めの「エレジー」は、低音部で和音が拍を取りながら複数の上声部が自由に歌いながら発展し、大きなクレシェンドによるクライマックスの後は、余韻を残すように静かに終わる。終曲はベートーヴェンのワルトシュタインソナタを思わせるハ長調の和音の連打に始まって、さまざまな性格を帯びたリズムやメロディが目まぐるしく変化する。10分あまりの中に多くの要素が凝縮した作品だが、その分、多様なスタイル感と表現が要求される。ヤテコクの二人はそれを見事に音にしている。ブルーベックの「プレリュード」やプーランクの第3楽章では、たっぷりとした叙情性も披露。そして軽快なミヨーのスカラムーシュでは、とことん明るい弾きぶりで聴衆を陽気にさせる。会心のコンサートだった。

写真 © Ugo Ponte / ONL

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