ロシアのピアニスト、ダニール・トリフォノフ Daniil Trifonov がショパンのピアノ協奏曲第2番へ短調を演奏した様子が、1月31日日曜日に仏独テレビ局 Arte で放映され、音楽家や音楽愛好家の間で話題になった。
2017年4月30日、ドルトムントのコンツェルトハウスでの、マーラー・チェンバー・オーケストラ Mahler Chamber Orchestra の演奏会。オーケストラパートは、ミハイル・プレトニョフ Mikhail Pletnev が新しくオーケストレーションした新版。
ショパンはピアノのパートに集中して作曲したため、オーケストレーションは単にピアノを引き立たせるための伴奏の域を出ず、面白くないというのが一般の認識だ。これを「埋め合わせる」ために、弦楽四重奏版や、コントラバスを加えた五重奏版などの編曲がなされている。最近ではこれらの版を演奏会のプログラムに載せる演奏家も多い。
このような編曲は、家庭などで音楽を楽しむことが広く普及した19世紀後半に、大編成のオケなしで演奏できるように、またオペラも含めて大曲を広く普及させる目的で(出版社が楽譜を売ろうという目的もあった)、頻繁に行われていた。
話を戻そう。第一楽章の出だしからクラリネットがテーマを演奏。全曲を通して管楽器が重要な役割を占めている。放映のはじめの字幕には何の記載もないので、一体どの版かと記憶を辿るが、第一楽章が終わった時点で指揮のプレトニョフとピアノのトリフォノフの短いインタビューがあり、そこで謎が解明。プレトニョフがまさに「ショパンの退屈なオケパートをより面白くしようと、いっそ自分で新しいオーケストレーションを書いてしまおう」と思った、と告白している。プレトニョフは何人ものピアニストにこれを弾いてもらい意見を募ったそうだ。トリフォノフは「オーケストラとピアノとの対話がより効果的になされている」と気に入った様子。
トリフォノフは1991生まれで、この演奏会の当時まだ26歳だったが、その演奏は恐るべき円熟度に達している。曲への入り込みが素晴らしく、一つ一つの音符を自分の感情と完全に重ね合わせて、個人体験として表現している。しかしその表現は個人の域を超えて、誰が聞いても納得いくものに到達している。そのまれな深みは人々の心をつかむ。演奏後のスタンディングオヴェーションがそれを物語っている。
Arteでこれが放映されている間と直後に、ソーシャルネットワーク上でプロのピアニスト、それも名の知れた人たちが、トリフォノフの演奏に対する驚きのコメントを多く残し、意見を交換しあった。「奇跡的」「信じられない」「なんという円熟」等々。絶賛の嵐だ。
ソーシャルディスタンスが定着して1年。ビデオに見られる客席の密さにちょっとした驚きを覚えたのは私だけではあるまい。「普通の」コンサートの様子が異様に映るほど、私たちの音楽生活は制限されている。そしてその制限はまだまだ続きそうだ。ホールを埋め尽くした聴衆が舞台上の演奏家に再び万雷の拍手を贈る日は、いつになったら戻ってくるのだろう。
Arte Concert サイトのリプレイで3月1日まで視聴可能。お見逃しなく。
写真は© Arte Concert の放映画面