エベーヌ弦楽四重奏団(Quatuor Ebène)は2019年5月から2020年1月まで、7ヶ月をかけて世界の7都市(フィラデルフィア、ウィーン、東京、サンパウロ、メルボルン、ナイロビ、パリ)でベートーヴェンの弦楽四重奏曲の全曲演奏を行った。各地には録音スタッフが同行し、収められた音源はまず2019年6月のウィーンでのコンサート(op. 59 n° 1 & 2)が昨年2019年9月に発売された。その後都市ごとに発売する予定という情報もあったが、最終的には全曲がボックス仕様で今年春にリリースされた。
このワールドツアーの総集編がパリ・フィルハーモニーホールでの全曲演奏会。第1回と第2回は10月12、13日に客席数を約半数にして行われ、その後11月23、24日、そして12月16、17日と続く予定だった。残念なことに10月30日から再び劇場が閉鎖され、11月のコンサートは予定されていた日程で無観客ライブ配信となった。
配信が始まってすぐ目についたのが、4人のアーティストが広いホールの観客席を後ろにして演奏していること。つまり普通とは逆方向を向いているのだ。確かに映像としては美しい。音響を考慮してのことかもしれない。
このホールでは、客席の場所によって音が浮いたように聞こえるのだが、このような逆配置だと実際にはどのような響きがするのだろうか? メインカメラは壁側に置かれているので、その壁が響板の役割を果たしてより良い響きになっているとも考えられる。
音響のほかにも、舞台の奥方向への演奏は、人のいない客席に向かって演奏するという、音楽家にとっての「非日常」に背を向けるという意味に、とらえられることもできるだろう。
ともあれ、無観客という形は、客席の反応を感じとることで微調整され昇華されて、唯一無二のものとなる演奏がどれだけ生きたものかを、皮肉にも映し出す結果となった。フランス語では、映画やテレビなど収録したものではなく、実際に観客の前でリアルタイムで演じられる出し物 ——— 演劇、オペラ、ダンス、サーカス、お笑いなどなど ——— を総称してSpectacle vivantと呼ばれるが、「生きているもの」という意味のvivantにその本質が表現されていると思われてならない。
エベーヌSQの演奏は、総じて伝統と現代性がよくマッチしたダイナミックさが特徴だ。今回のベートーヴェンシリーズでも、ところどころでテンポを微妙に変化させながら、新しい感覚が横溢する弓ばきを見せている。アルバン・ベルグSQをはじめとする往年の「正統派」が得意とした、厳格で形式美を重んじる、今聴けばある意味で型にはまっていると感じられる演奏とは、一味も二味も違う。ところどころ、後期ロマン派の交響曲のような濃密さがあると思えば、先達がじっくり弾き込んで厚みを出した部分をいともさらっと「通過」することもある。しかし4人の呼吸からは、その裏に長期にわたる入念な楽譜のレクチャーがあって、この全曲演奏会がこれまでの活動の一つの集大成となっていることが深くうかがい知れるのだ。
本日24日に、12月15日以降外出禁止令が解除されるという政府発表があった。つまり、12月の最後の2回のコンサートは、再び観客を集めてのコンサートとなる。ベートーヴェンが打ち立てたモニュメントを、彼らがどのように締めくくるのか今から楽しみだ。
photo © Julien Mignot