シャンゼリゼ劇場では2月6日から15日までヘンデルの『セメレ Semele』を上演している。演出は英国ロイヤルオペラのディレクターであるオリヴァー・メアーズ Oliver Mears が担当している。南アフリカのソプラノ、プリティ・イェンデ Pretty Yende がセメレ役にデビューし、オーケストラピットではエマニュエル・アイム Emmanuelle Haïm が自身の率いるル・コンセール・ダストレ Le Concert d’Astrée を指揮。粒ぞろいの歌手陣と一貫性のある現代的解釈による説得力のある演出が好評を博している。
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現代的解釈で説得力ある演出
ヘンデル円熟期の『セメレ』は、オウィディウスの『変身物語』を基にしたウィリアム・コングリーヴ William Congreve の英語台本による世俗作品であり、もともとはオラトリオ形式で上演されていた。オリヴァー・メアーズ Oliver Mears の演出による今回のバージョンは、金の力で女性をもてあそぶユピテル(ジュピター)の罠にかかったメイドのセメレが、変身した人間の姿ではない本来の姿を見せるようユピテルに要求した結果、彼らの居を構えていた高級ホテルの一室の暖炉の火の中に消えていくという、現代的な解釈である。
シンフォニア(序曲に相当)では、セメレが大きな暖炉の煤を掃除し、それをユピテルが壺に入れる場面から始まる。物語が進むにつれ、ユピテルの傲慢さが増していき、最後には、極めて現実的なセメレの堕胎場面を経て、彼女が灰と化す。さらにその後、別の女性が最初のシーンを繰り返すという構成である。暖炉の上部に取り付けられた棚を開けると、同じような壺がいくつも並んでいる様子が見えるが、これはユピテルの耐え難いほどの冷酷さと自己愛を象徴しているかのようである。
裕福さの中に巣食う非人間的な要素を鋭く抉り出す演出でありながら、その普遍的なアイデアと物語性の巧みさにおいて際立っている。アール・デコ調のホテル(または邸宅)の舞台装置に、登場人物を1950年代から60年代風のスタイルで統一した演出は、映画としても十分に通用する完成度を持つと感じられた。

SEMELE de Georg Friedrich HAENDEL.
Pretty YENDE (Semele) &
Ben BLISS (Jupiter), Theatre des Champs Elysees © Vincent PONTET
粒の揃った歌手陣
その高慢なユピテルを演じたのは、アメリカのテノール、ベン・ブリス Ben Bliss である。彼の伸縮性のある声と、細かい音符を正確な音程で完璧に歌い上げる技術は、他に類を見ないほど卓越していた。演技面においても、冷淡で倒錯した性格を前面に出した演出によく馴染み、観客に嫌悪感さえ抱かせるような人物像を作り上げた。その圧倒的な説得力には脱帽するほかない。
プリティ・イェンデ Pretty Yende は、ユピテルに対するセメレの心の変化を見事に表現した。プルミエでは若干のブーイングがあったというが、ロールデビューとしては申し分のない出来である。ブーイングは、プルミエにつきものの余興にすぎないだろう。ヴォカリーズも難なくこなしていたが、さらなる磨きをかける余地は十分にある。
セメレの父カドモス(カドミュス)と眠りの神ソムヌスを演じたのは、英国のバス、ブリンドリー・シェラット Brindley Sherratt である。いずれの役においても強い個性を発揮したが、特にソムヌス役では、空き缶や空き瓶が積み上げられたゴミ屋敷のような浴室の浴槽の中で眠りこけるという演出が秀逸で、観客の笑いを誘った。

SEMELE de Haendel
Alice COOTE (Junon), Brindley SHERRATT (Cadmus – Somnus), Marianna HOVANISYAN (Iris)
Théâtre des Champs Elysées © Vincent PONTET
さらに、常に憤怒に苛まれているユピテルの伴侶ユノ(ジュノン)をアリス・クート Alice Coote が、セメレの妹イノをニアム・オサリヴァン Niamh O’Sullivan が、虹の女神イリスをマリアナ・ホヴァニシアン Marianna Hovhannisyan が、それぞれ見事に歌い上げた。加えて、セメレが結婚を拒否したアタマス役のカルロ・ヴィストーリ Carlo Vistoli は、ナイーブで情熱的な若者像を熱演し、印象深い歌唱を披露した。

SEMELE de Haendel
Pretty YENDE (Semele) et Carlo VISTOLI (Athamas) Théâtre des Champs Elysées © Vincent PONTET
全体をよくまとめた指揮
エマニュエル・アイムは、個性豊かな各パートの色彩を巧みに引き出し、歌の聴かせどころを存分に堪能できるような指揮で全体を見事にまとめていた。時折、オーケストラが前面に出すぎない場面もあったが、物語を進める上でのバランスを考えれば、何ら問題のない演奏であった。
キャスト
Emmanuelle Haïm | direction
Oliver Mears | mise en scène
Annemarie Woods | scénographie et costumes
Sarah Fahie | chorégraphie
Fabiana Piccioli | lumières
Pretty Yende | Semele
Ben Bliss | Jupiter
Alice Coote | Junon
Brindley Sherratt | Cadmus / Somnus
Niamh O’Sullivan | Ino
Carlo Vistoli | Athamas
Marianna Hovanisyan | Iris
Orchestre Le Concert d’Astrée
Chœur Le Concert d’Astrée | direction Richard Wilberforce
2025年2月9日、シャンゼリゼ劇場