Accueil レヴュー舞台スペクタクル モリエールのコメディ・バレ3作 生誕400年を記念して上演

モリエールのコメディ・バレ3作 生誕400年を記念して上演

par Victoria Okada

今年2022年はモリエール生誕400年。政府主導の公式行事の他、私立劇場などが独自にプロデュースする演劇も多く、フランス全土の舞台で賑わいを見せている。
年頭から各地を巡回しているヴァンサン・タヴェルニエ Vincent Tavernier の演出の3作品もその一環で上演されており、3月末にはランス・オペラ Opéra de Reims にやってきた。そのうち『シチリア人、あるいは恋する画家 Le Sicilien ou l’Amour Peintre『強制結婚 Le Mariage forcéを観た。3作目の『病は気から Le malade imaginaireはランスでは上記2作の2週間ほど前に上演されていたが日程が合わず、4月に入ってからリール郊外のトゥルコワンで観た。

(注意!じっくり読みたい人向けの長文レヴューです。)

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『シチリア人、あるいは恋する画家 Le Sicilien ou l’Amour Peintre』、『強制結婚 Le Mariage forcé』、『病は気から Le malade imaginaire』の3作はいずれも、演劇はレ・マラン・プレジール劇団 Les Malins Plaisirs、オーケストラはエルヴェ・ニケ Hervé Niquet 率いるル・コンセール・スピリテュエル Le Concert Spirituel、ダンスはカンパニー・ド・ダンス・レヴァンタイユ Compagnie de Danse L’Eventail が担当。音楽は、『シチリア人』と『強制結婚』が ジャン=バティスト・リュリ、『病は気から』がマルカントワーヌ・シャルパンティエで、『病は気から』には、ヴェルサイユ・バロック音楽研究センター Centre de Musique Baroque de Versailles の研究者が1673年の原典に詳細にあたって出版した新版楽譜(クリティーク・エディション)を使用している。

 

3つのコメディ・バレ

Le Sicilien divertissement © Hélène Aubert

3作とも、演劇にバレエが挿入されたコメディ・バレ。コメディ・バレというジャンルは、モリエールとリュリが1661年に『傍迷惑な人たち Les Fâcheux 』という作品で初めて試みた。今回観た『シチリア人』は1時間ほどの小品で、もともとは『ミューズのバレエ』という、大規模なスペクタクルを締めくくる最後の「アントレ」つまり「場」として上演されたもの。初演は1667年2月パリ郊外のサン・ジェルマン・アン・レで、同年6月10日にパリのパレ・ロワイヤル劇場*で再演された。
『強制結婚』はモリエールの2作目のコメディ・バレで、この作品から本格的にリュリとの共同作業が開始された記念すべき作品。初演は1664年1月29日ルーヴル宮、再演は同年11月15日にパレ・ロワイヤル劇場。
『病は気から』は、モリエールが1670年の『町人貴族』を最後にリュリとのコラボレーションを解消した後、マルカントワーヌ・シャルパンティエとの協力で創作された2つ目の作品で、1673年にパレ・ロワイヤル劇場で初演された。

*パレ・ロワイヤル劇場は、現在でも残っているパレ・ロワイヤル(王宮)の建物の、右翼に位置した劇場。1660年から73年まで、王つき劇団だったモリエールの劇団が作品を上演していた。

 

3作品に統一性のある舞台芸術と演出

3作品には、演出のヴァンサン・タヴェルニエ Vincent Tavernier をはじめ、共通のチームが起用されていて、舞台芸術の観点からも統一感が感じられる。その統一感がもっとも顕著だと思ったのは、クレール・ニケ Claire Niquet による舞台装置だ。いらないものは全て取り払った簡単なものだが、折り紙やポップアップ絵本のように壁を移動させて新しい空間をつくり、異なったシチュエーションを提供する。舞台奥には、まるでクレヨンを使って太い線で輪郭だけを描いたような家々が見える。『シチリア人』は舞台が南欧なので、この地方特有の、オークル色の建物を模した装置が楽しい。この家は2階建てで、上と下の階を人物やセリフの内容にしたがってうまく区別・利用した演出がうまいと思った。

Le mariage forcé © Club photo – Evelyne Marmonnier

タヴェルニエの演出は、俳優たちが舞台上を大きく行き来することでつくられる動きがとてもダイナミック。とくに『病は気から』では、絶え間ない扉の開閉によってさらにダイナミズムが加味されている。静かな場面は、動的な要素が過剰になることを知らず知らずのうちに抑制するかのように、微妙なバランスを保ってつくられており、作品を知り尽くしたタヴェルニエの絶妙なリズム感が光っている。

 

クラシックなベースに遊び心をふんだんに取り入れた衣装

Le Mariage Forcé, ours © Club photo – Guillemet Bernard

 

エリック・プラザ=コシェ Erick Plaza-Cochet の衣装は、クラシックなベースに遊び心をふんだんに取り入れている。『強制結婚』ではピンクのクマの着ぐるみが出てくるし(その上このクマが踊り出す)、『病は気から』の最後の、主人公アルガンをえせ医師にするセレモニーでは、集まった医師(やはりエセばかり)たちが銀と黒のロボットのような衣装に身を包んでいる反面、資格を与える権威ある(これもエセ)医師たちは、ルイ王朝の厳かなカツラやマントの特徴を故意に滑稽に強調した衣装をまとうなど、時代にとらわれない発想が新鮮だ。同じく『病は気から』のプロローグの、賑やかなカーニバルの様子では、さまざまな鳥や動物を模した衣装や、人間の3倍ほどもの背丈のある巨大なマリオネットが出てくるなど、わくわくする楽しさがいっぱい。『強制結婚』では、現実離れした馬鹿げた理論にこだわる哲学者が、この手の役が必ず着用する、黒に白い襟をあしらった衣装を着用しているが、そのデザインは、昔からの衣装コードを踏まえつつも、今、世界中にある服飾チェーン店で見てもおかしくない。これがまるで、今も昔も変わらない人間模様を映し出しているかのようだ。

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かと思うと、『病は気から』の2番目の幕間劇 (Intermède) で、ムーア人の装束に身を包んだカーニバルの群衆が歌い踊る場面では、19世紀のオリエント絵画から出てきたような、美しく流れるような衣の動きが目を楽しませてくれる。

Malade Imaginaire – danse des Maures © Hélène Aubert

衣装は総じて、オレンジ、黄色、緑、青、空色、ピンクなど、どれもカラフルで、古典的な裁断とのギャップも面白い。例えばアビ・ア・ラ・フランセーズと呼ばれる、フランス宮廷で着用されていた男性のベストを模した衣装がスカイブルーだったり、『病は気から』の女中トワネットのドレスがオレンジ系の明るい暖色でそこに反対色の深緑があしらわれていたりする。通常、女中は色のない、または薄暗い色の質素ないでたちなのだが、気が強くて自己主張がはっきりしたトワネットを、明るい色で表現しているようにも見える。

いずれにせよ、それぞれの場に応じた、色彩感と遊び心に満ち溢れた衣装は、バラエティに富んでいて、それだけでも楽しめるほど存在感あるものとなっている。

 

旧新をうまく混在させた振り付け

マリー=ジュヌヴィエーヴ・マセの振り付けによるダンスは、全体的にはバロックダンスをベースにしている。前述の『病は気から』のムーア人のシーンではバロックをそのまま存分に楽しめるし、医師のセレモニーでは「ロボット」たちがまさにロボット風の動きをする。ダンスの時代様式にこだわるよりも、旧新をうまく混在させ、良い意味での「出し物」としてどのように人々を楽しませるかという点に重きが置かれているようだ。
もちろん見た目の美しさが第一ではあるが、今私たちが生きている時代のモダンダンスの要素を取り入れることは、モリエール演劇の驚くほどの現代性を表現するにはもってこいだ。と言うのも、モリエールはこれまでの演劇の慣習を破って常に新しいものを取り入れ、革新につぐ革新を実現したからだ。そこに、歴史的様式という重圧とホコリを取り払ってなお残る普遍性が現れる。加えて、演劇とのバランスも良い。矢継ぎ早に進むストーリーを一旦休止させ、観客は美しい音楽とダンスで頭をリフレッシュさせて、次の幕に備えるのだ。

Malade Imaginaire Prologue – Carnaval © Hélène Aubert

これまでのモリエール演劇の上演方法は、時間短縮の観点からも、オリジナルの音楽やダンスを削り、新しく作曲された音楽を映画の挿入音楽のように使うことが多かった。しかし「コメディ・バレ」というジャンルが示しているように、もともとモリエールは音楽やバレエを演劇に欠かせないものとして構想段階から取り入れている。今年のモリエール年にふさわしくなるように、その精神を蘇らせようという試みが今回の上演だ。それは自ずとバレエやダンスにも現れている。

 

楽譜に忠実であってこそ最大の演劇効果が生まれる音楽

Le Sicilien © Hélène Aubert

 

その中でも『病は気から』は、シャルパンティエの音楽をオリジナルにできる限り近く全曲演奏しようという、かなり壮大な試みだ。したがって上演時間も休憩を含めて4時間近くあり、総合芸術としてのコメディ・バレが堪能できる。
モリエールのコメディ・バレは、全作品33作のうち14を占め、彼の創作の根幹をなすジャンルだ。振り付けでボーシャン、音楽では、はじめはリュリ、のちにシャルパンティエとの密接な協力体制で創作された。三人は、作を重ねるごとに、演劇・音楽・ダンスをどのように扱うかという新しい試みを取り入れてきたのだ。
プルチネッラ劇や医師セレモニーの場面では、音楽と演劇が巧妙に繋がり、オーケストラが舞台上の人物たちとまるで対話をしているような書法で書かれている。まだ最後のクライマックスでは、俳優が「オペラ」を歌い、プロローグで見たカーニバルのお祭り騒ぎ以上の茶番劇が繰り広げられる。カーニバルでは、お祭りの期間だけ、普段社会に通用している既成の概念が覆されるのだが、舞台上でも、プロの歌手ではない俳優がオペラを歌うことで、役割がひっくり返る。これは、それまでの幕でのシャルパンティエの楽譜に忠実であってこそ、最大の演劇効果が得られることを、今回の上演で納得させられた。
ただ、私が観たトゥルコワンでの公演は、帰りの交通機関の関係から、45分ほどカットした上演だった。カットされたのは、プロローグの一部、第1幕第4場のトワネットとアンジェリクの会話部分、ボンヌフォワ公証人のシーン、プルチネッラの幕間劇の始めの部分、ディアフォワリュス医師の暴言の一部、第1部のルイゾン(アルガンの娘)の場面、第3幕の第1、2場、最終場の医師のセレモニーの一部分。カットされたとはいえ、全体の流れはとてもスムーズで、さすがに作品を知り尽くした人々によるものだと感心した。

Malade Imaginaire Hervé Niquet © Hélène Aubert

 

手話俳優を人物として取り入れた演出

さて、この「三部作」で特筆すべきは、『シチリア人』で男女二人の手話俳優が、登場人物となって役を演じていることだ。ランスの公演では、衣装に身を包んだ手話俳優が、手話通訳をするセリフを発している登場人物の分身のように動く。演出のヴァンサン・タヴェルニエは、彼らをもともと台本にある登場人物のように見立ててている。立派な俳優である彼らは、顔の表情もさることながら(手話ではこれは重要な要素だ)、体全体の動きもごく自然で、一人の登場人物に二人の俳優がいるという感じは全く与えない。障がいを持つ人々も普通に上演を楽しんでもらえるようにとのこのような試みは、他の劇場でも時々行われているが、さらにもっと多くの劇場でなされるべきだと思うし、手話のできる俳優の養成ももっとなされて良いのではないだろうか。

Le Sicilien, 手話俳優 comédiens LSF © Hélène Aubert

 

3作とも同じチームによる統一性のある上演で、台本や楽譜を綿密に読み込んだことが随所に伺える会心の出来だった。これは、現在頻繁に行われている、音楽やダンスをおろそかにしてでも演劇を最重視するという上演形態に疑問を投げかけ、創作当時のエスプリに戻ろうとし、それに成功した雄弁な例であり、観る人にとっては貴重な体験でもあった。

 

紹介ビデオ

Programme

LE SICILIEN ou L’AMOUR PEINTRE
Mise en scène : Vincent Tavernier
Direction musicale : Hervé Niquet
Chorégraphie : Marie-Geneviève Massé
Décors : Claire Niquet
Costumes : Erick Plaza-Cochet
Lumières : Carlos Perez
Assistante à la mise en scène : Marie-Louise Duthoit
Assistant à la chorégraphie : Olivier Collin

Avec :
Clément Debieuvre, haute-contre
François Joron, taille
François Héraud, basse-taille

Comédiens des Malins Plaisirs
Quentin-Maya Boyé, Don Pedre
Marie Loisel, Isidore
Laurent Prévôt, Adraste
Olivier Berhault, Hali

Danseurs de la Cie de danse l’Eventail
Adeline Lerme, Marionnettiste / Marionnette / Zaïde
Artur Zakirov, Marionnettiste / Marionnette / Manipulateur

Quatuor du Concert Spirituel
Nathalie Petibon, Renata Duarte, flûtes et hautbois (en alternance)
Lucile Tessier, basson
Simon Waddell, théorbe (en alternance)

Comédiens langue des signes française (LSF)
Julie Plantevin, Igor Casas
Représentation du 25 mars à 18 heures 30 à l’Opéra de Reims

 

LE MARIAGE FORCÉ
Mise en scène : Vincent Tavernier
Direction musicale : Hervé Niquet
Chorégraphie : Marie-Geneviève Massé
Décors : Claire Niquet
Costumes : Erick Plaza-Cochet
Lumières : Carlos Perez
Assistante à la mise en scène : Marie-Louise Duthoit
Assistant à la chorégraphie : Olivier Collin
Restitution du Concert Espagnol : François Saint-Yves

Avec :

Comédiens des Malins Plaisirs
Laurent Prévôt, Sganarelle
Marie Loisel, Dorimène – Première Egyptienne
Quentin-maya Boyé, Géronimo
Nicolas Rivals, Marphurius, Alcidas
Pierre-Guy Cluzeau, Pancrace – Alcantor

Solistes du Concert Spirituel
Lucie Edel, La Beauté – Seconde Egyptionne – Espagnole
Alexandre Baldo
, Le Magicien – Espagnol

Danseurs de la Cie de danse l’Eventail
Annne-Sophie Ott, Dorimène – Jongleuse – Diable – Espagnole
Clémence Lemarchand, La Jalousie – Equilibriste – Diable – Espagnol
Artur Zakirov, Les Chagrins- M. Moyal – DIable – Maître à danser
Romain Di Fazio, Galant – L’ours – Espagnol
Pierre Guibault, Les oupçons – Clown – Diable – Le photographe

Ensemble orchestral du Concert Spirituel
Violons : Olivier Briand (1er violon et direction), Stephan Dudermel
Altos : Géraldine Roux, Marta Paramo
Violoncelle : Nils de Dinechin
Hautbois et flûtes : Luc Marchal, Nathalie Petibon
Basson : Nicolas André
Clavecin : Philippe Grisvard
Théorbe : Bruno Helstroffer
Castagnettes et percussions : Olivier Collin
Représentation du 26 mars à 20 heures 30 à l’Opéra de Reims

 

LE MALADE IMAGINAIRE
Mise en scène : Vincent Tavernier
Direction musicale : Hervé Niquet
Chorégraphie : Marie-Geneviève Massé
Décors : Claire Niquet
Costumes : Erick Plaza-Cochet
Lumières : Carlos Perez
Assistante à la mise en scène : Marie-Louise Duthoit
Assistant à la chorégraphie : Olivier Collin

Avec :

Comédiens des Malins Plaisirs
Pierre-Guy Cluzeau, Argan
Marie Loisel, Toinette
Juliette Malfray, Angélique
Jeanne Bonenfant, Béline
Laurent Prévôt, Béralde – Le Praeses
Quentin-Maya Boyé, Polichinelle – Diafoirus père
Benoît Dallongeville, Diafoirus fils – M. Fleurant
Nicolas Rivals, M. Bonnefoy – M. Purgon
Olivier Berhault, Cléante

Danseurs de la Cie de danse l’Eventail
Le Carnaval – Soldat du guet – Maure – Carabin
Annne-Sophie Ott, Clémence Lemarchand, Céline Angibaud, Ollivier Collin, Robert Le Nuz, Artur Zakirov, Romain Di Fazio, Pierre Guibault

Les solistes du Concert Spirituel
Axelle Fanyo (dessus) ,Flore – Maure – Apothicaire
Lucie Edel (dessus), Climène – Maure – Apothicaire
Flore Royer (bas-dessus), Daphné – Soldat du guet – Maure – Apothicaire
Blaise Rantoanina (haute-contre), Tircis – Soldat du guet – Maure – Premier chirurgien
Romain Dayez (taille), Dorilas – Soldat du guet – Second chirurgien
Nicolas Brooymans (basse), Pan – Soldat du guet – Médecin

Orchestre du Concert Spirituel
Violons : Augustin Lusson (Premier violon), Emilie Planche, Koji Yoda, Giovanna Thiebaut
Haute-contre de violon : Alix Boivert, Marta Paramo
Taille de violon : Géraldine Roux, Samantha Montgomery
Violoncelles : Tormod Dalen*, Nils de Dinechin
Viole : Yuka Lusson-Saito*
Hautbois et flûtes : Luc Marchal, Marguerite Humber
Bassons : Nicolas André, Lucile Tessier
Clavecin : Elisabeth Geiger*
Percussions : Laurent Sauron
Théorbe : Bruno Helstroffer*
*Continuo
Représentation du 8 avril 2022 à 20 heures au Théâtre municipal Raymond Devos, Tourcoing

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