Accueil レヴュー舞台スペクタクル ケルビーニの『メデ』 ─ 過去と現代を交錯させる新演出

ケルビーニの『メデ』 ─ 過去と現代を交錯させる新演出

パリ、オペラ・コミック劇場で演劇調の台詞付きの仏語初版に準じた上演

par Victoria Okada
Médée

17973月にフェドー劇場で初演された当時、ルイジ・ケルビーニ Luigi Cherubini の『メデ Médée』(ここではフランス語表記に従い「メデ」とする)には、フランソワ=ブノワ・ホフマン François-Benoît Hoffman(1760-1828)によるフランス語の台詞があった。これは散文ではなく詩の形式で書かれ、歌としての音楽を伴わず、演劇のように朗誦されるものだった。現在オペラ・コミック劇場で上演中のマリー=エヴ・シニュロール Marie-Eve Signeyrole の演出では、このオリジナル版に(部分的に)立ち戻っている。

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神話で語られる嬰児殺しのメデアの物語を一言で要約すれば、権力をめぐる家族内暴力の物語だ。それは、現代社会にも深く巣食う人間の性(さが)を表現したものでもある。演出家マリー=エヴ・シニュロールは、過去と現代の物語を交錯させながら、メデアを現代の女性として描いている。冒頭では、冷たいコンクリート壁に囲まれた牢獄の中で、子供を殺したことに絶望する女性の姿が映し出される。舞台奥に投影された、空っぽのキーキーと鳴るブランコの映像が、彼女の犯した罪を無言で物語っている。

シニュロールの演出は、初演当時のテキストに立ち戻りつつ、現代のテキストやドキュメンタリー、昔から歌い継がれてきた童謡などをベースに、それらを時折引用しながら、ハイブリッドな舞台を作り上げている。歌の合間に歌手たちが語る台詞は古典的なフランス詩の様式で書かれている一方、スピーカーから流れるテキストは、子供が手紙を読むように見立てられたり、メデの独白のように扱われたりしている。アイデアそのものは理解できるが、観客としては、常に過去と現代を行き来する構成により、場面ごとの切り替えがスムーズにいかないことがある。ビデオアーティストでもあるシニュロールは、演出にビデオを多用しているが、実際の演技の背後でビデオが流れると、たとえその映像が象徴的なものであったとしても、舞台上で展開される出来事に完全に集中することが難しくなる。結果として、注意が散漫になり、観ることに疲れてしまう。そうした点から、残念ながらオペラが終わったときに、物語を十分に楽しめたという満足感には至らなかった。

 

Médée

Médée de Cherubini, Paris, Opéra Comique, février 2025 © S. Brion

 

メデ役は、レバノン系カナダ人のソプラノ、ジョイス・エル=コーリ Joyce El-Khoury が務めた。深みのある色彩豊かな声で、心を引き裂かれた女性であり母であるメデを力強く歌い上げた。メデの前夫ジャゾンは、今回の演出では酒、麻薬、女性に溺れる暴力的な男として描かれている。フランスのテノール、ジュリアン・ベール Julien Behr は、艶と厚みのある歌唱で、どうしようもない悪漢を熱演した。

Médée

Julien Behr et Joyce El-Khoury dans Médée de Cherubini, Paris, Opéra Comique, février 2025 © S. Brion

 

娘ディルセを、武勲を立てたジャゾンと結婚させようとする国王クレオンを演じたのは、バスのエドウィン・クロスリー=メルシエ Edwin Crossley-Mercer だ。彼は深みのある表現力で定評があり、その歌声で聴衆を魅了した。ディルセ役には、伸縮性のあるソプラノを持つリラ・デュフィ Lila Dufy、メデの侍女ネリス役には、力強さと熱を兼ね備えたマリー=アンドレ・ブシャール=ルシユール Marie-Andrée Bouchard-Lesieur が、それぞれの役にふさわしい歌唱を披露した。全体として完成度の高い歌手陣がそろったことで、声の面では申し分のない公演となった。

 

オーケストラと合唱は、ローランス・エキルベイ Laurence Equilbey が創設したインシュラ・オーケストラ Insula Orchestra アクサンテュス Accentus で、エキルベイ自身が指揮を執った。オーケストラは非常に乾いた音色で、特に金管の響きが鋭く、リズムを際立たせた、それぞれの楽器が競い合うような演奏であった。クリストフ・グラップロン Christophe Grapperon が指導する合唱も、よくまとまりのある演奏を聴かせた。

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メデアの神話や、それをもとにしたケルビーニのオペラについては、すでに多くの解説があるため、詳しくはそちらを参照されたい。ここでは、マリア・カラス主演のパゾリーニの映画によってこの物語が広く知られるようになったことだけを記しておく。オペラは、マリア・カラスがタイトルロールを歌ったことで有名なイタリア語版『メデア』や、台詞をレチタティーボに置き換えたものなど、いくつかの異なる版が存在し、これまでは、これらの版で演奏することがほとんどだった。仏語初版は今まで何度か上演されたが、定着するには至っていない。初演されたフェドー劇場は、19世紀初めにオペラ・コミック劇場に吸収されており、同劇場は、今回この作品をプログラムにかけることで、「本舗」としての地位を前面に押し出したと言える。

 

 

Médée

Opéra-comique en trois actes de Luigi Cherubini, livret de François-Benoît Hoffman,
créé au Théâtre Feydeau de Paris le 13 mars 1797

Insula Orchestre et chœur accentus ; Direction : Laurence Equilbey
Mise en scène : Marie-Ève Signeyrole
Décors : Fabien Teigné
Costumes : Yashi
Lumières : Philippe Barthomé
Vidéo : Céline Baril et Artis Drērve
Dramaturgie : Louis Geisler

キャスト

Médée : Joyce El-Khoury
Jason : Julien Behr
Créon : Edwin Crossley-Mercer
Dircé : Lila Dufy
Néris : Marie-Andrée Bouchard-Lesieur
Confidentes de Dircé : Michèle Bréant et Fanny Soyer
Les deux enfants : Edna Nancy et Erwan Chevreux
Caroline Frossard, comédienne

Paris, Opéra-Comique, 12 février 2025

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