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シャンティイー城の室内楽音楽祭 その2

アルゲリッチを迎えて 

par Victoria Okada
フィナーレ

シャンティイー城で行われた室内楽の音楽祭「レ・ク・ド・クール・ア・シャンティイー Les Coups à cœur à Chantilly 」。
最終日10月2日のコンサートは、朝11時から城の絵画ギャラリーで、「若い芽コンサート」。そして17時からは、音楽祭最後のコンサートが大厩舎ドームで行われた。この稿では朝のコンサートを主にレポートする。

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「若い芽のコンサート」

朝のコンサートには、マルタ・アルゲリッチ Martha Argerich の孫ダヴィッド・チェン David Chen(14歳)と、彼とよく舞台を共にしているアリエル・ベック Arielle Beck(13歳)が登場。二人ともすでに昨年、第1回の音楽祭に出演し、ソロや4手連弾で弾いたほか、アルゲリッチとも共演した。
コンサートではまずベックが4曲、ついでチェンが4曲、それぞれ30分ほどのハーフプログラムを演奏し、最後に二人の連弾で締めくくった。
舞台と客席の距離が遠い「大厩舎 Les Grandes Écuries 」のドームで聴いた昨年とは異なり、絵画ギャラリーはコンサート会場としては小さくサロン的な雰囲気で、彼らの演奏を改めて細部までよく聴くことができた。

 

concert à la Galerie de peinture

絵画ギャラリーでのコンサート、アリエル・ベックとダヴィッド・チェン、2022年10月2日 © Les Coups de cœur à Chantilly

 

 

アリエル・ベック

アリエル・ベックは今年、パリ郊外のサン=モール=デ=フォセ Saint-Maure-des-fossés 音楽院に入学。ちなみにここはパリ国立高等音楽院の前院長で作曲家のブリュノ・マントヴァニ Bruno Mantovani が院長を務めており、活発な教育活動が行われている。
ベックは近年はビリー・エイディ Billy Eidi およびイーゴリ・ラスコ Igor Lazko に師事、またロンドンでスティーヴン・コヴァセヴッチ Stephen Kovacevich のレッスンも受けている。2018年にはスイスのジュニアショパンコンクールで1位大賞を得ており、時々演奏活動も行なっている。
彼女のプログラムはショパンのバラード第1番、ラヴェルの《鏡》から「洋上の小舟」、これらと交互に彼女自身の作曲による《マルタへのマズルカ Mazurka pour Martha》と《規則正しい感傷、外交的なインヴェンション D’une sentimentalité régulière – Invention extravertie 》の2曲を弾いた。
最初のショパンを聴いた時点で、13歳でこれだけ弾きこなすとは驚くべき才能だと、強い印象を受けた。音そのものに芯があり濁りがなく、しかも隣の音に触れたり音を間違うことも全くない。歌うべきところでは自然なフレージングで歌い、ところどころ隠れたメロディラインを際立たせる。若い演奏家がこのような解釈をする場合、教師のアイデアをそのまま真似していると思われることが多いのだが、彼女の演奏はそうではなく、彼女自身が曲を緻密に分析した上で全体を組み立てているのがよくわかる演奏だ。ショパンのバラード1番は有名であるがゆえに、ある意味でこれを弾くピアニストの実力が露呈する曲だが、彼女の演奏を聴きながら、ふと、すでにプロとして活躍している数多のピアニストたちの中で、これだけ完成度の高い演奏をできる人は何人いるだろうかとさえ思ったほど、のちの大器を想像させるにあまりある弾きぶりだった。ラヴェルでは音楽の流動性が十分に表現されていた。
自作の2曲は、どれも彼女の分析力と構成力をよく物語っている。《マズルカ》は完璧にショパンのスタイル。全く知らない人に彼女の曲とショパンの曲を続けて聴かせれば、おそらく同じ作曲家による音楽だと思うだろう。センスのある転調を利用した高貴な曲となっている。
《規則正しい感傷、外向的なインヴェンション》は、シェーンベルグが無調音楽を作曲し始めた頃のスタイルで書かれた10分弱の作品。こちらも、シェーンベルグの知られざる作品といって紹介しても通用するようなものだ。これにベルグのような叙情的な要素も多く見られ、感受性に跳んだ秀作となっている。曲の最後には小フーガもあり、エクリチュールをすでに高いレベルでマスターしていることがうかがえる。ここでも演奏は非常に自然で、音楽性が滲み出るようなものだが、同時に明晰性も兼ね備えており、この二つのバランスがちょうどよく取れている。
この2曲は、彼女がどれだけそれぞれの音楽様式を消化する能力を持ち合わせているかをよく示している。若きメンデルスゾーンが14歳ですでに作曲のテクニックを極めていたという逸話や、実際に何度も聴いた作曲家・オルガニストのティエリー・エスケッシュ Thierry Escaich の、話をする時に次々と言葉が出てくるように音が流れ出る即興演奏(それぞれの作曲家のスタイルでの即興も含む)などを思い起こさせるといっても過言ではない。今後どのように独自の作曲語法を展開していくかが楽しみだ。

 

ダヴィッド・チェン

ダヴィッド・チェンは2008年生まれ。母方の祖母はマルタ・アルゲリッチ、父方の祖母は武蔵野音楽大学で教鞭を取っていたこともあるエレーナ・アシュケナージ Elena Ashkenazy (有名なヴラディミール・アシュケナージの妹)。父はピアニストで作曲家のヴラディミール・スヴェルドロフ・アシュケナージ Vladimir Sverdlov Ashkenazy(エレーナの息子)。ラフマニノフの《舟歌》op.10-3と、ショパンの《幻想即興曲》、《子守唄》、《練習曲》op.10-1を弾いた。まだショパンの影響が色濃いラフマニノフでは、すでにピアノをよく歌わせる術を得ていることがわかるが、次の幻想即興曲で、彼の才能を垣間見た思いがした。中でも特筆すべきは、この曲に内包するドラマ性を掘り起こしていくような解釈だ。音を追うのではなく、音の後ろに隠れた作曲家の意図が、演奏を通して垣間見えてくる。子守唄も、左手の定型モチーフの上に展開される右手の変奏は自由かつエレガント。練習曲はアルゲリッチの火のような性格をそのまま受け継いだような演奏だ。駆け巡る音符の合間にふっと息を抜くなど、持って生まれた作りものではない音楽を聴かせる。明らかに血筋を超えた何かを持っている。この日は疲れていたのかそれとも緊張していたのか、ショパンのうち2曲でいわゆる「暗譜がとんで」しまったが、その場をなんとか繋げて状況を脱した。真剣にピアニストとしてのキャリアを考えているならば、このような経験を今聴衆の前で積むのも有益であろう。

最後は4手連弾でビゼーの《子供の遊び》から、2曲ずつプリモとセコンドを交代して4曲弾いた。二人の個性が突きあうかと思ったが、かなり無難な演奏に終わった。しかし音楽に強い躍動感があるのは確かだ。聞けば、すでに二人は室内楽をする決まった仲間がおり、ともにレパートリーを広げているらしい。

彼らのように、子供の頃から音楽的に非常に恵まれた環境で、早熟な才能を伸ばしてゆける音楽家は数少ない。聴く側としては10年後、20年後にどのような音楽家に成長しているかを見てみたいと強く思う。スポイルされずに研鑽できる時間をもち、十分に個性を発揮できるようにと望むばかりである。

 

マルタ・アルゲリッチを囲んで

17時からのコンサートには、マルタ・アルゲリッチを囲んで、音楽監督のイド・バル=シャイ Iddo Bar-Shaïテオドシア・ヌトコウ Theodosia Ntokou(ピアノ)、テディ・パパヴラミ Tedi Papavramiルノー・カピュソン Renaud Capuçon(ヴァイオリン)、リダ・チェン=アルゲリッチ Lida Chen Argerich(ヴィオラ)、エドガー・モロー Edgard Moreau(チェロ)が出演。アルゲリッチは最初と最後に演奏した。

 

トリオ

トリオはお互いに向き合って演奏 2022年10月2日、シャンティイー城大厩舎ドーム © Victoria Okada

 

サーカスのような円形の会場を利用して、ベートーヴェンのトリオでは3人がお互いに向かい合って円を描くように座り、バランスのとれたハーモニーを聴かせた。アルゲリッチを交えてのベートーヴェンのピアノ四重奏曲には、第1楽章に、のちにピアノソナタ第3番の第1楽章に挿入されるモチーフが、そして第2楽章には、のちにピアノソナタ第1番の第2楽章に取り入れられるモチーフが認められる。まだモーツァルト的な要素が残るこれらの曲を、アルゲリッチは自宅で仲間うちで楽しむかのように演奏した。テンポは早めだが焦燥感は全くない。

昨年の音楽祭では杖をついて入退場したアルゲリッチだが、今年は、歩くのが辛そうではあるが杖はなかった。音楽的には全く健在で、若者のような活力ある演奏が満杯の会場を喜ばせた。

来年の音楽祭はマリア・ジョアン・ピレシュ Maria João Pires を迎えて春に開催される。また、年間を通していくつかのコンサートも組まれる予定。

 

シャンティイー城大厩舎ドーム 普段は馬のスペクタクルが行われている © Victoria Okada

プログラム

11時
アリエル・ベック
・ショパン バラード第1番 op. 23
・ベック 《マルタへのマズルカ》
・ラヴェル 《鏡》より「洋上の小舟」
・ベック《規則正しい感傷、外交的なインヴェンション》

ダヴィッド・チェン
・ラフマニノフ 舟歌 op.10-3
・ショパン 《幻想即興曲》
・ショパン 子守唄
・ショパン 練習曲 op.10-1

連弾
ビゼー《子供の遊び》より

17時
・バッハ=リゲティ《神の時こそいと良き時(Gottes Zeit ist die allerbeste Zeit)》 BWV 106 : 2A アルゲリッチ、バルシャイ
・ストラヴィンスキー《イタリア組曲》 モロー、ヌトコウ
・ブラームス ヴァイオリンソナタ 第2番イ長調 op.100 カプソン、バルシャイ
休憩
・ベートーヴェン 弦楽三重奏曲ハ短調 op.9-3 パパヴラミ、チェン=アルゲリッチ、モロー
・ベートーヴェン ピアノ四重奏曲ハ長調第3番 WoO 36-3

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