フランス、特にパリがバロック音楽の世界的拠点の一つであることには以前から異論の余地がない。今年初めにはこれをよく表す出来事があった。1月末から2月末までなんと3つのバロックオペラが同時に舞台にかかっていたのだ。このようなことは、音楽祭などを除いては異例のことではないだろうか。その様子を3回に分けてレポートする。
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3つのオペラとは、ヘンデルの『オルランド』(シャトレ劇場)、ラモーの『カストールとポリュックス』(ガルニエ宮)、そしてヘンデルの『セメレ』(シャンゼリゼ劇場)。これに、時代は下がるがまだバロックの要素を残すケルビーニの『メデ(メデア)』(オペラ・コミック劇場)を加えると4作品、さらに、コンサート形式のワンショットでシャンゼリゼ劇場で上演されるはずだったリュリの『ペルセ(ペルセウス)』*を数えると5作品になる。また、年末にはラモーの『エベの祝祭』(オペラ・コミック劇場)とヘンデルの『アルチナ』(シャンゼリゼ劇場)がかかっていた。バロックオペラファンには嬉しい限りだ。
* 2月14日の上演当日、音楽が始まって10分もたたないうちに火災報知器が鳴り響き、全館避難。原因は同じ建物内の地下に入っているレストランの厨房でのボヤだった。大事には至らなかったが、公演はそのまま中止となり、新たな日程を探すも、現在の段階では不可能ということで、1週間後に払い戻しのお知らせメールが送られた。このオペラは前日に録音が終了しており、リリースの際に改めて上演されることが期待される。
単に日程が重なっただけかもしれないが、このようなラッシュの中でどのように聴衆にアピールするかが問われる。歌唱という点では、ベテランや非常にうまい若手には欠かせないので、彼らをどのようにキャスティングするかが鍵となるだろう。また、現在では特に演出が大きな比重を占めるため、どれだけ説得力や共感力のある演出を見せるかが最も重要な要素となってくる。それはバロックオペラに限らず、オペラ上演全般における普遍的な課題ではないだろうか。
このように、アピールの仕方も万別だが、上記3作品のそれぞれの印象を3回に分けて述べてみたい。第1弾はシャトレ劇場でのレ・タラン・リリックによるヘンデルの『オルランド Orlando』。
ヘンデルの『オルランド』 舞台は美術館
先頭を切ったのはシャトレ劇場 Théâtre du Châtelet での『オルランド』である。ジャンヌ・デズボー Jeanne Desoubeaux の演出は、舞台を美術館に設定し、すべての部屋の鍵を自由に扱える管理人または清掃担当のチーフをゾロアストロに見立てている。その鍵で絵を外すと、オルランドをはじめとする登場人物が壁の中から現れ、展示室の扉を開けると異空間が広がり、数世紀前の森へとタイムスリップして物語が続いていく。デズボーは、美術館を訪れるという行為は、過去の作品を現代の目で見てその意味を探し、感動を得ることであり、そこにいる人々は単に作品を鑑賞するのではなく、作品に描かれた時代や風俗を通してその世界に参加することでもあると考える。それを演出に応用したと語っている。
舞台では第1幕の冒頭、美術館を訪れた小学生あるいは中学生のグループが管理人の目を盗んで閉館時間を過ぎても居残り、次々と起こる不思議な出来事に遭遇する。観客は彼らの目を通してオルランドの物語を体験することになる。劇中劇のような要素が加わり、観る者にとっても楽しい仕掛けとなっている。
一貫性のある演出
ヘンデルのオペラの台本とはかなり異なる設定ではあるが、基本となるアイデアには一貫性があり、物語の流れを理解するのに苦労することはない。衣装(Alex Constantino) も、ゾロアストロが最初と最後に管理人の服装をしている点を除けば、登場人物の大部分がヘンデルの時代に着想を得た衣装をまとっており、音楽との様式的な違和感も少ない。また、セシル・トレモリエール Cécile Trémolières のセノグラフィーは、古典派絵画を思わせる詩的な美しさを持ち、視覚的にも魅力的である。

Angelica (Siobhan Stagg) et Zoroastro (Riccardo Novaro) – Orlando – Théâtre du Châtelet © Thomas Amouroux
個性の強い音がせめぎ合うオーケストラピット
オーケストラピットには、クリストフ・ルセ Christophe Rousset 指揮のレ・タラン・リリック Les Talens Lyriques が陣取っている。各パートの個性が存分に押し出され、多彩な音色が交錯するという、このオーケストラの特徴がよく表れた演奏だった。フランスのバロック・オーケストラは、個性の強い音を対峙させながら緊張感を生み出し、音楽を昇華させていくという手法に秀でているが、レ・タラン・リリックはこれに特に優れていると思っている。その特色がよく生かされていたと感じた。
申し分ない歌手陣
歌手陣も、全体的に申し分ない出来であった。オルランド役のセルビア出身のメゾ・ソプラノ、カタリナ・ブラディッチ Katarina Bradić は風邪を患っていたらしく、プルミエでは声が出なかったと聞いたが、私が観た2回目の公演では快復し、見事な歌唱を披露した。細かい音符の正確さとフレージングの巧みさが際立っていた。ゾロアストロ役のリッカルド・ノヴァロ Riccardo Novaro は、声の力強さはもちろんのこと、冴えない管理人と権威あるゾロアストロのギャップを見事な演技で表現し、観客を惹きつけた。アンジェリカ役のソプラノ、シオバン・スタッグ Siobhan Stagg は透き通るような美しい声を持ち、囁くようなピアニシモから遠くまで響くフォルティシモまで、どこをとっても説得力のある歌唱を聴かせてくれた。他に、メドーロ役にエリザベス・デション Elizabeth DeShong、ドリンダ役にジュリア・セメンツァート Jiulia Semenzato がそれぞれの役にうまくかなった歌を披露した。

Angelica (Siobhan Stagg), Dorinda (Giulia Semenzato) et Medoro (Elizabeth DeShong) – Orlando – Théâtre du Châtelet © Thomas Amouroux
この『オルランド』は、舞台としての観点では、美術館という設定を巧みに活かし、観客を物語の世界へ引き込むアイデアとともに、一貫性のある独創的な演出と視覚的美しさが際立っていた。音楽面では、レ・タラン・リリックの個性的な響きが緊張感を生み、歌手陣の高い技術が作品の魅力を十分に引き立てていた。伝統的要素と現代性を見事に組み合わせた素晴らしいものだった。

Orlando (Katarina Bradić) et Angelica (Siobhan Stagg) – Orlando – Théâtre du Châtelet © Thomas Amouroux