4月19日から21日に行われたレ・ザール・フロリサン Les Arts Florissantsの「Festival de Printemps 春の音楽祭」。今年2024年のテーマはクラウディオ・モンテヴェルディ Claudio Monteverdi(1567〜1643)。夜の「グラン・コンセール」は場所を変えて3回、午前11時からの「コンセール&カフェ」は2回、計5回のコンサートが行われました。午後の自由時間には「ウィリアム・クリスティの庭 Jardin de William Christie 」(これはが庭園の正式名称です。以下、クリスティの庭)のガイドつき散策や、同じ地方にあるもう一つの庭園を訪れたほか、クリスティ庭園のすぐ近くの Quartier des artistes と呼ばれる、音楽家たちのための施設が集まる一角を散策。和やかな時を過ごしました。
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パリからのTGVは、普段はクリスティの庭のあるティレ Thiré という町(村といった方がいいかもしれません)に最も近いロシュ・シュル・ヨン Roche sur Yon という駅で降り、車で40分ほどで着くのですが、今年はTGVをナント駅で下車。ナント空港に到着していた二人の人を拾ってティレまで行くためです。しかし空港に近づくにつれ渋滞となり、予定よりも1時間近く遅れて空港着。なんと、たった2、3人のある環境活動家がお手製の旗を掲げて抗議していました。今回のような特に差し障りのないデモだと、当局もとりあえず許可をおろして好きなようにさせて、それで終わりとすることが多いようです。渋滞で飛行機に乗れなかった人がいたかもしれませんが…
ポール・アグニューとのディナー
さて、最初の目的地はクリスティ氏の友人でコンサート会場のリュソン Luçon 大聖堂から歩いて2分のところにあるお屋敷に住むご夫婦のお宅へ。ここは去年もお邪魔したのですが、16〜17世紀のいわゆる領主の館をそのまま住居としてお住まいです。美しい庭があり、そこでアペリティフ(食前酒)をいただいた後、クリスティ氏と共にレ・ザール・フロリサンの共同ディレクターを務めるポール・アグニュー Paul Agnew 氏を交えて、この家のマダムのお手製のお食事でディナーとなりました。到着が遅れたため、時間が短縮されてしまったのが少し残念でした。アグニュー氏は毎回、興味深いお話をいろいろと披露してくださいますが、この日印象に残ったのは、氏が「モンテヴェルディにおいては、言葉(歌のセリフ)が非常に重要な位置を占めていて、音楽は言葉のイントネーションにそってつくられている」というお話でした。そこで私が思ったのは、フランス語の朗誦法として完璧の域に達している(つまり、フランス語のアクセント、イントネーション、抑揚がそのまま音楽になっている)『ペレアスとメリザンド』との関連性でした。そこで、氏の見解はどうかとこれを質問してみました。すると「個人的には、モンテヴェルディなくしてペレアスはあり得なかっただろうと思っている」という答えが返ってきました。イタリア語とフランス語の違いさえあれ、言葉の抑揚をそのまま音楽に取り入れた点で、二人の作曲家の共通点は明白だというわけです。
若手を積極的に発掘、起用
レ・ザール・フロリサンでは「Jardin des voix ジャルダン・デ・ヴォア」と銘打って、世界各地でオーディションを行って将来性豊かな若い歌手を発掘し育てるというプログラム(カリキュラム)を実施しています。アンサンブルとしてのコンサートにはほとんど毎回必ず、現在のカリキュラムへの参加者またはつい最近まで参加していた歌手が加わっています。春の音楽祭のオープニングコンサートに名を連ねていた出身者は、急上昇中のソプラノ、アナ・ヴィエイラ・レイテ Ana Vieira Leite、テノールのジェームス・ウェイ James Way、バスのシリル・コンスタンツォ Cyril Constanzo です。また、ニューヨークのジュリアード音楽院との提携で、同院の学生・OBから優秀な人材を積極的に招いていますが、この日は、フランスのソプラノ(彼女も現在急上昇中です)ジュリー・ロゼ Julie Roset が入っていました。彼女はプラシド・ドミンゴが主催するオペラリア・コンクールで2023年1位。前年にはニューヨークのメトロポリタンオペラによるラフォン・コンクールでも1位を受けています。5月にガルニエ宮で上演された、クリスティ指揮レ・ザール・フロリサンによるマルカントワーヌ・シャルパンティエの『メデ(メデア)』で、アナ・ヴィエイラ・レイテとともにパリオペラ座デビューを果たしました。ちなみに、数年前から音楽アドヴァイザーとしてクリスティの右腕的な役割を果たしているコンサートマスターのエマニュエル・レシェ=カゼルタ Emmanuel Lesche-Caserta (イタリア系フランス人)もジュリアード出身です。
コンサート#1 『倫理的・宗教的な森』
原語タイトル Selva morale e spirituale と、日本語のタイトル『倫理的・宗教的な森』は、イメージ的にずいぶんかけ離れていると常々思っているのですが、それはさておき、音楽祭の開幕コンサートでいきなりモンテヴェルディの最高傑作を聴くことができるということで、期待度も否応なく上がります。会場は普通のコンサートホールに比べるとあまり大きくはありませんが、満席ということで、期待のほどが伺えます。プログラム(記事の最後に掲載)では、『倫理的・宗教的な森』抜粋の合間に、同時代のダリオ・カステッロ Dario Castello とジョヴァンニ・バッティスタ・フォンタナ Giovanni BattistaFontana の器楽曲を入れていました。
見事な女声陣
全体を通して印象的だったのは、二人のソプラノ歌手の音楽性と自然な歌でした。ロゼの声には透き通った美しい色彩があり、全く声を強いることなく、自然に歌い上げます。ヴォカリーズは非常に的確かつ軽く、どんな曲でも安心して聴き入ることができます。2021年の「ジャルダン・デ・ヴォア」に選ばれていたレイテは何度か聴いていますが、昨年の夏の音楽祭の『フェアリークイーン』でのドラマ性と繊細さを兼ね備えた歌が印象的でした。その後急速にヨーロッパ各地のホールやアンサンブルに招待されるようになり、今もっとも活躍している若手の一人です。コントラルトのメロディ・ルヴィオ Mélodie Ruvio はベテランです。深い響きをもった熱い音色の声は、時に男声と錯覚するような厚みがあります。この日も見事な歌唱で全体をしっかりと支えていました。
男声陣は、女声に比べるとハッとするような精彩に欠けていたかもしれませんが、例えば、『サルヴェ・レジナ』でテノールのバスティアン・リモンディ Bastien Rimondi が聴かせた、非常に響く厚みのある高音は逸品でした。また、『聖母マリアの夕べの祈り』での表現の豊かさも目を見張るものがありました。バスのコンスタンツォは、« Chi vol che m’innamori » の高音部を歌うとき、独特の音色に注意を惹かれました。
5声の« È questa vita un lampo »では、交互に矢を投げ合うような掛け合いが素晴らしく、終曲 « Beatus » の軽快さと優雅さを兼ね備えた演奏は、コンサートを締め括るにぴったりでした。
アンサンブル
この日のアンサンブルはヴァイオリン2、チェロ1、コントラバス1で、クリスティがオルガンから指揮していました。多くの場合声を真似ているヴァイオリンですが、その音色やイントネーションがあまりにも人声に近いのに驚かされます。第2ヴァイオリンはジュスタン・テイラーのアンサンブル「コンソート」のヴァイオリニスト(かつテイラーの奥さん)でもあるソフィー・ド・バルドネシュ Sophie de Bardonneche。彼女は、楽器の腕はさることながら、本当に楽しそうに弾くので、いつも演奏を「見る」のが楽しみです。アンサンブルの聴きどころもたくさんありましたが、とくに « Pianto della Madonna » ではオルガンとコントラバスが荘厳で劇的な様子を奏でていました。
次回は2日目のレポートです。
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プログラム
2024年4月19日20時 リュソン大聖堂
Claudio Monteverdi (1567-1643)
Selva morale e spirituale :
« Confitebor » Terzo alla francese a 5. voci
Canzonetta « Chi vol che m’innamori »
« Iste confessor »
Dario Castello (1602-1631)
Sonata decima
Claudio Monteverdi
Vespro della Beata Vergine : « Nigra Sum »
Selva morale e spirituale : « O ciechi il tanto affaticar »
Madrigale morale a 5. voci e due violini Pianto della Madonna a voce sola sopra il Lamento dell’Arianna
Salve Regina a 2. voci due tenori o due soprani
Giovanni Battista Fontana (1571-1630)
Sonata settima
Claudio Monteverdi
Selva morale e spirituale : « È questa vita un lampo » a 5. voci
Psalmi e frammenti : « Laudate Dominum omnes gentes »
Selva morale e spirituale : « Beatus » Primo a 6. voci concertato con due violini
演奏
指揮とオルガン : William Christie
Sopranos : Julie Roset**, Ana Vieira Leite*
Contralto : Mélodie Ruvio
Ténors : James Way* Bastien Rimondi
Basses : Cyril Costanzo*
Violons : Emmanuel Resche-Caserta** Sophie De Bardonneche
Violoncelle : Cyril Poulet
Contrebasse : Thomas De Pierrefeu
* 「ジャルダン・デ・ヴォア」参加者
** ジュリアード音楽院出身者