Accueil レヴュー舞台スペクタクル トゥール・オペラで『ドン・パスクアーレ』収録

トゥール・オペラで『ドン・パスクアーレ』収録

par Victoria Okada

全ての劇場が閉鎖されているフランスで、唯一の活動根拠となるのがリハーサルと収録(録音、録画、テレビ等の放映)であることはすでに何度も述べた。日を追って財政困難が増す中、維持できる活動はできる限り実現しようと、どの劇場も必死だ。

トゥール・オペラ Opéra de Tours は、パリからTGVで約1時間あまりのフランス中西部トゥール Tours 市にある市立オペラ。ここも例にもれず多くの演目を中止せざるを得ない状況だが、1月末から2月はじめに予定されていたドニゼッティのオペラ『ドン・パスクアーレ』は、収録*という形で中止を免れた。1月31日に行われたその収録セッションに、他の数人のジャーナリストとともに立ち会うことができた。

オケピットを1階席まで大幅に延長して配置されたオーケストラ © Marie Pétry

トゥール駅から歩いて10分もない場所にあるオペラ(グラン・テアートル Grand Théâtre)は、1872年の建物の一部が1883年の火災で消失したものを改修して1889年にオープンしたもの。1999年から2016年まで音楽監督(指揮者)だったジャン=イヴ・オッソンス Jean-Yves Ossonce 氏が、知られざるオペラも意欲的に取り上げる独自のプログラミングで他にはないユニークな地位を築いた。彼のあとを引き継いだ指揮者が数年で去り、2000年9月に地道な指揮活動で高い評価を受けているローラン・カンプローヌ Laurent Campellone がグラン・テアートル総裁に任命された。氏の任命は、オペラの付属オーケストラでもある(もちろん独立した演奏活動もしている)中央・ロワール渓谷地方/トゥール・シンフォニーオーケストラOrchestre symphonie de la Région Centre-Val de Loire/Tours の団員の希望によるものだった。彼もフランスものに深い造詣がある。
さて、今回の『ドン・パスクワーレ』の上演の指揮はカンプローヌではなく、オペラを中心に振るフレデリック・シャスラン Frédéric Chaslin。彼の指揮も確実さに定評がある。

効果的な動きの演出

楽屋口に集合し、プレス担当官の案内で舞台裏から舞台を経て客席に到達。その際、オーケストラは無観客なのを利用して1階席の半分まで使ってディスタンスをとった配置にしている、と説明を受けた。実際、正面バルコニーから舞台を見ると、1階席の半分以上をオケが占め、その後方には収録用の技術スタッフが録音機材とともに陣取っている。
舞台は黒いカーテンで前方をしきり、そこに椅子が2脚置かれているだけ。舞台演出 mise en scèneではなく、動きの演出 mise en espace による上演だ。
ニコラ・ベルロファ Nicola Berloffa のmise en espace は、シンプルながらも非常に効果的。置かれている椅子も、第2幕では格段に豪華なものになっており、それだけで舞台設定をすぐに理解できるようにしている。第3幕でエルネストがアリアを歌う場面では、前方のボックス席の2階をバルコニーに見立てて叙情性を出している。出番が少ない合唱は、このカーテンの後方の、スクリーンで仕切られたスペースに十分に間隔をとって整列し、マスクをして歌う。ここで舞台の奥行きを見せることで、話にも奥行きを持たせる効果を演出するなど、舞台を囲む「枠」を意識しつつ、これが「お話」であることを自然と見る人に訴えかけるものになっていた。

マスクをして歌う合唱団 © Marie Pétry

芸術性を誇るキャスト

キャストは、ローラン・ナウリ Laurent Naouri がロールタイトルをこなし、マラテスタ役にフロリアン・サンペ Florian Sempey、ノリーナ役にアンヌ=カトリーヌ・ジレ Anne-Catherine Gillet。エルネストをセバスティアン・ドロワ Sébastien Droy が、公証人をフランソワ・バゾラ François Bazola が歌った。

ローラン・ナウリとアンヌ=カトリーヌ・ジレ © Marie Pétry

ナウリは響きのある声と明確な発音、持ち前の演技力を十分に生かして、どのシーンでも納得の役作りを見せた。レチタティーヴォでもアリアでも、表現に満ちた歌唱はますます円熟味を増している。アンヌ=カトリーヌ・ジレは、自然によく伸びる声が強い意思で希望を通す役柄にぴったりだ。すぐに彼女だとわかる軽く鼻にかかった発声と、決して過剰にならないビブラートも、役作りに一役かっている。ドニゼッティやロッシーニを数多くこなしてきたフロリアン・サンペのマラテスタもはまり役。ベルカントのレパートリーを手中にするサンペならではの自然な歌声と、役に入り込んだ演技(特に視線)で、いつも以上に楽しませてくれた。公証人役のフランソワ・バゾラ(最近頭角を現しているエティエンヌ・バゾラはフランソワの息子)、短い役ながらベテランの貫禄を見せる素晴らしい歌唱を披露。

フロリアン・サンペ © Marie Pétry

この豪華キャストで唯一惜しまれたのは、テノールのセバスティアン・ドロワだろう。美しい声ではあるが高音が十分に伸びず、また声量も他の4人に立ち会えるほどではなく、残念ながらギャップが目立った。第3幕のアリアは何度か試みたのちにしっとりと歌い込むことに成功した。

ドロワだけでなく、指揮のシャスランも何度かオーケストラを止めて指示を出しながらの収録だった。これまで立ち会ったコンサートやオペラの収録は、上演と同じ条件で行われていたので、途中で演奏を止めることにはじめは少々驚いたが、コロナ禍で練習もままならず限られた条件での収録断行だったのかもしれない。
歌手、オケ・合唱団団員、関係者の努力に敬意を表したい。

*  配信日程は今のところ未定

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